東日本大震災

January 04, 2014

20130923_石巻市

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 南三陸町から沿岸を南下し石巻市へと入った。津波で壊滅的な被害を受けた集落などには残るものも少ない。

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 残っているものにも津波の傷跡は色濃い。

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 そして、静かだった。

 しばらく北上川沿いを走り、橋を渡り切ろうとする時に気が付いた存在感。

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 大川小。

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 この日の道程の途中に大川小が存在していたのだった。

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 校舎の周りを一回りしてみることにした。

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 あの山を越えれば北上川河口周辺となる。その手前に新しそうな観音様が建てられていた。

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 新しい観音様と関係があるのかないのか、観音像の台座が転がっていた。

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 海抜1.12mを示した石碑が倒れていた。大川小での出来事は既に多くの人が耳にしていることと思う。最善を尽くさなかった、尽くせなかったということに至る様々な理由が結果を招いたのだろうけど、そう判断した者も、その判断に従った者の多くも、もう戻っては来ない。

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 とても重く感じられる場所だった。

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 大川小の一行が避難先に選んだ地点の近くには、多くの石碑と、なぜか獅子頭。

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 往時の風景を映した石碑もあった。

 早朝に陸前高田市を訪れ、気仙沼市、南三陸町と南下して石巻市へ。もう日没までの時間が僅かとなってしまい、女川町内は車で走り抜けつつ様子を窺い、再び石巻市内へと入った。

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 門脇小付近へ到着。

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 校舎には幕が張られ、様子が見えないようにされていた。

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 門脇小を撮った場所の道端にあった祠。

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 この日の被災地巡りはここで日没を迎え、終わった。前回巡った時から1年半ほど経過して再び巡ったのだけれど、また少し建物が減って寂しくなったのと、ほんの少しだけど動き出したことでの停滞感の薄まりを感じたという一日になった。

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January 03, 2014

20130923_気仙沼市~南三陸町

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 陸前高田市から南下、気仙沼市へと入る。

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 解体が始まった第十八共徳丸の姿があった。

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 第十八共徳丸の解体が始まったことが、この日の被災地巡りに至った理由の一つでもあった。もう、陸に打ち上げられたこの船の姿を見ることができなくなるからだ。

 周辺を歩くことにした。

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 前回来たときは春。今回は秋。

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 駅構内のベンチに座る人の姿はないが、駅前のベンチには座る人々の姿があった。

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 船の解体を見守る地域の人々。

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 「ここに私の家があったの」と語りかけてきた老女。船の解体を見守る。

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 さようなら、第十八共徳丸。

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 魚市場付近へと移動し、周辺を眺める。

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 前回来た時よりも残る建物の数は少なくなった。

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 ただ、クレーンの数が増えた。壊すことから造ることに流れがシフトしたことの表れでもあろう。

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 岩井崎の海は変わらず美しかった。

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 レストハウスの姿もチラホラし始めた岩井崎。左奥の民宿だった建物には白い幕が張られていた。解体されるのか再建されるのかは不明だが、景勝地、観光地として少しずつその姿を取り戻しつつあるようだった。

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 気仙沼向洋高校の校舎は瓦礫処理プラントに阻まれて姿が見えず。

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 沿岸を南下して南三陸町を目指す。

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 津波の傷跡はまだまだ各所に。

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 南三陸町防災庁舎へ到着。

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 この日も訪れている人の数は多かったが…。頭にコスモスの花を刺している人とか、デート気分で周辺をベタベタと歩くカップルとか、防災庁舎をバックに女性をモデル的に立たせて撮影するオヤジとか…。何かふざけた空気感を漂わす人の姿も多かった。

 この日はこの庁舎も解体方針が濃厚と言われていた時期で、案の定この数日後に町長は正式に解体方針を表明した。しかしその後、住民との対話がなされないままに決断されたこの方針は保留的に扱われ、建物も留保されている。

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 防災庁舎前から見える、あの建物は残るのか否か。

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 志津川病院の建物が解体されたことにより、また広々とした印象が強くなった光景であった。

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 傾いた街路樹。

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 チリ地震津波の被害も大きかった旧志津川町・南三陸町のシンボルともなっていたモアイ像も、流失こそしなかったが傷んでいた。東日本大震災後、新たなモアイ像が仮設商店街に寄贈されたニュースもあった。

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 美しいリアス式海岸を象徴するかのような磯。波打ち際にはまだ角材などが浮遊している。

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 景勝地、神割崎。

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 波打ち際が少し前進した感はあるが、神が割った御崎はこの日もダイナミックな波が打ち寄せていた。

 この地の伝説にもあるように、神が割ったこの地が旧村の境界線でもあり、現在の南三陸町と石巻市との境界地でもある。

 この後、石巻市へと沿岸を南下して行く。

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January 02, 2014

20130923_陸前高田市

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 昨年9月23日のこと、夜明け前に仙台を発ち北へ。向かったのは岩手県陸前高田市。早朝に到着して程なく歩き始めた。震災後2度目の訪問。

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 この日はその後、沿岸をひたすら南下して仙台圏へと戻る予定での行動。やや急ぎ足での行程を予定していた。

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 奇跡の一本松付近には歩道が設けられ、容易に接近することが出来るようになっていた。ニュースでも知っていたが、枯死した松が樹脂注入により防腐処理が施され再建された姿となっていた。

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 松を眺める小さな向日葵。

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 松の袂へと渡る橋にはペアの錠前が。いつから存在したものなのだろう。

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 街のシンボルとして再起した松。

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 この日初めて、ユースホステルの建物を間近で見た。

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 多くの津波被災建物が消えていく中、この建物は貴重な存在となりつつある。

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 一本松付近の海岸線にはクレーンの姿も多かった。

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 松原の跡には、水没した松の根株も散見された。

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 整備が進む海岸線。重機やトラックの音が早朝にもかかわらず引っ切り無しだった。

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 道の駅方面に向かって歩く。道の駅の向こうに見えたはずのホテルの建物はなくなっていた。

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 道の駅の内部は、前回訪れたときに壊れかけていた壁が落ちるなど、少し変化があったように見受けられた。

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 この建物も残される見込みだという。向こうの山は造成中なのか、山肌が露わとなっている。

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 急峻な斜面を重機が上り下りしていた。

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 道の駅の敷地内には震災追悼施設が作られていた。

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 またいずれ、ここには来ることになるだろう。遅々として進まない印象を受ける被災地復旧復興だが、日進月歩となるよう期待したい。

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 車を停めた場所まで戻る途中、生花を背にした自転車男性の姿を見かけた。この日は秋の彼岸の中日。

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 前回来たときは、まだまだ残っている建物もあったのだが、それも僅かとなった。街の再建のためには仕方がないことであるのだが、被災建物が無くなっただけで、それ以外の変化はこれから。そんな印象を受けた。

 そして車を気仙沼市へと向けた。

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December 28, 2013

20130320_山元町

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 3月20日、宮城県沿岸南部の山元町を歩いた。到着したのはJR常磐線の坂元駅前。

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 駅のホームの土台のほか、目立って存在するのは町内案内の看板と電柱くらい。

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 駅を背に内陸を望むも、ご覧の景色。

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 駅を見る(東向きに撮影)。と言ってもホームの土台だけ。津波の後まで残っていた跨線歩道橋などは撤去されたようだ。

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 駅前より西側。

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 同、北側。

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 同、南側。

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 駅前の敷地には花壇。

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 カメラも転がったまま。坂元駅前には割と被災地見物に来る人の姿も多い。

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 券売の際に使っていた機材だろうか。坂元駅名のシールが付いていた。小銭も散らかったままだ。

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 駅舎への出入口付近か。花が供えられていた。

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 ホームに立つ。

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 南へ向く。

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 南端へ。

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 レールが撤去された線路が果てしなく続いていた。

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 南端から北を向く。ホームの途中途中で外灯の支柱が倒れていた。

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 ホームの東側にはレールがまだ残っていた。

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 外したものか、千切れたものか。

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 駅東側の景色。津波が来た方向。

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 休憩所の跡だろうか。

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 北端へ。

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 北端から南を向く。

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 ホーム上のアスファルトも所々で千切れていた。

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 坂元駅周辺の様子を見て歩いた後、車で移動しつつ所々を見て回ることにした。

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 震災慰霊碑。その隣には学校が。

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 この小学校も統廃合により廃校となった。

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 慰霊碑や小学校前からの景色。ここから北へ、仙台方面へ戻ることにした。

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 集積された瓦礫があちらこちらに野積みされていた。

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 復興作業ができない被災フォークリフト。

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 ん?あれはジムニーだ、と通り過ぎてから戻って撮影。

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 このジムニーはどこから出てきたのだろうか。被災車両の回収撤去作業が落ち着き、家屋の解体作業などの過程で出てきて放置され、そのまま回収されないのだろう。

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December 22, 2013

20130303_岩沼市~仙台市

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 間もなく本格的な春の息吹を感じそうな3月3日、岩沼市から沿岸部を北上した。仙台空港近くでは防潮堤の整備が進んでいるのか緑地公園方面への立ち入りは出来ず、その手前の住宅地で小休止する。

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 住宅地と言っても、津波被災地ではどこも同じ、家屋の基礎部分や道路を残したくらいの更地のままであって、まだまだ寂しい。近くの墓地では法要か何か行われていたようであるが、時期が時期だけに、津波で犠牲になられた方の法要だったのかもしれない。

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 仙台空港東側へ移動する。仙台空港は震災のちょうど1年前くらいに訪れ、やはりこの時季に撮影して楽しんでいた場所。しかもその撮影中に地鳴りを伴う震度4ちょっとの地震が発生したのだが、周囲に居た誰一人として津波などの情報収集や念のための避難行動などに移る人が居なかったことが印象的だった。私は即座に車に戻ってラジオ情報を収集しつつ、津波情報が得られるまではひたすら沿岸を背に西へと車を走らせたのだが。

 そんな思い出の1年後に、あの津波だった。

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 空港の様子は震災前に戻ったけれど、ほんの少し離れれば折れ曲がったままの水銀灯など、津波の傷跡は至るところといった具合であった。

 この日はあまり時間も無く、一気に北上して仙台市内へ。

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 荒浜小学校。校舎に隣接する体育館の解体が始まっていた。

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 当地も他所の場所と同様の景色。荒浜に在住で消防団活動もしている方と仕事上関わりがあり、震災前に津波のことを話したこともあった。「1000年に1度って言われる津波が来たら、逃げるところは小学校か東部道路の土手の上しかない。」旨の話は既にあり、それが現実となった。

 海岸へと向かった。

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 開眼される直前の観音様。撮影数日後に式典が行われていた(故に花や供物がまだ無い)。

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 御影石には震災犠牲者の名前。地区ごとに記され、また地区赴任警官の名前もあった。

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 日が暮れ、薄暗くなってきた。

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 荒浜はどう変わっていくのだろうか。いずれにしても海水浴場近くの町としての面影は無く、ここもまた寂しい限りのままの状態であった。

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December 12, 2013

20130210_亘理町

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 今年2月10日のこと。亘理町の鳥の海付近を歩いた。海浜公園の遊具は潰されたまま。それでも、一組の親子連れが遊んでいたりした。

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 砂に埋まるベンチ。

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 公衆トイレも使えない。

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 公衆トイレのトタン屋根は、風にカタカタ音を鳴らしていた。

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 この地はどのように再生されていくのだろうか。

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 港には仮設店舗。ここで「ほっき飯」を食べ、産直食品をいろいろと買った。

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 仮設店舗前の住宅地。記憶にある港町の風景は無かった。

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 残ったもの。残らなかったもの。

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 夕暮れ、カワウかウミウか、群れが飛んで行った。

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 鳥の海は親父の従兄弟家族が住んでいたが、幸いにも命拾いをした。ただ、家は流され今も仮設住まいだ。

 また、鳥の海に行って美味しいものを食べようと思う。

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December 23, 2012

20120429_石巻市[03]/東松島市[01]

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 まだ全ての瓦礫は取り除かれていない一画を歩く。自転車で訪れたらしい女性二人の姿を少し離れたところに確認しながら、集合住宅が並ぶところまで歩いて行く。

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 広い範囲が壊滅していた石巻市。十何年か前に海沿いをドライブしたときの街並の面影は消え失せていた。

 この日の行動時間は制限があったが、引き続き東松島市に移動して見ておきたいものを探す。

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 前週とこの日の2日間で、陸前高田市から東松島市までの沿岸一帯を車で走りながら見てきた。実際に走ることで、津波被災の規模や範囲を肌身で感じ、その大きさにあらためて驚愕した。このような地が果ては岩手県以北も、福島県以南も続いているのかと思うと愕然とした感を抱いた。

 最後にもう一度、この日に撮影してきた津波被災地付近の桜動画を掲載しておきたい。

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December 19, 2012

20120429_石巻市[02]

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 正面からでは接近できない校舎。校舎裏の斜面にある墓地に足を運ぶ。

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 まだ瓦礫の多い場所。車を停めて歩く。

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December 17, 2012

20120429_石巻市[01]

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 夜明けと共に歩いた女川町を後にし、石巻市へ入る。沿岸沿いを車で移動しつつ、気になるところで停車して周辺を見て歩いた。

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 プロカメラマンらしき人と私とで敷地の外から、敷地の中を歩く男女4人の若者たちの姿を黙って見続ける。同じく、敷地の向こう外にも我々と同じように若者たちを見続けている親子連れが居る。若者たちが乗ってきた仙台ナンバーの車が学校近くの道路に乗り捨てられている。周辺の家屋が無くなり更地と化した住宅地の中の細い道に乗り捨てられている。それでも道は道。通りすがった地元民らしき人に「車をどけ」的なことを言われている。周辺に何が無くても道は道。正々堂々、遠慮も配慮も無し。

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December 08, 2012

20120429_女川町[03]

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 横倒しとなったコンクリート製の建物を見ながら女川町内を歩き続ける。地震の揺れで液状化し軟弱となった地盤に、強烈な津波の引き波を受けて倒れたとされる建物たち。

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 地盤沈下も大きかった街の海岸沿いには、水が引く間も与えられない水溜りがあちらこちらに点在していた。

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