散策・探訪・記録

January 26, 2014

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2014③

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 保存会の一行は参道を歩み切り、いよいよ神社の拝殿へ向かうための順番待ち。今年のどんと祭は平日開催であったが、保存会が訪れた時間帯は午後6時過ぎの参拝ゴールデンタイムで広い境内も混雑はピーク。 

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 しばしの待ち時間の後、一行は拝殿脇へと進み始めた。

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 保存会の依代も進む。

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 奉献される餅も運ばれて行く。

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 黙々と鉦を鳴らし進む。

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 拝殿脇から本殿の裏手へ。

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 照明設備の光もほとんど届かないような暗い本殿の裏手で、幾度か九十九折に列は進み行く。

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 暗闇を進み、歩みを止める。本殿裏では先行団体の参拝ペース次第で幾分か待たされては少し進む、の繰り返し。

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 祈願板も暗闇を進む。

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 暗闇では、提灯の明かりが仄かに。

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 男たちは一定に揃えて鉦を鳴らし続ける。

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 今年も清山会さんとの混成隊列を構成。また、サイト工業さんも初めての裸参りということで保存会と一緒に参加した。

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 神の住まう本殿の脇で。

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 お参りの鉦は振り鳴らされ続ける。

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 歩みを止めることが多い場所であることと、辺りを囲う神寂びた森からの冷気が、体温を奪っていく。

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 少しずつ進んでは、本殿の裏手を幾度か往復。

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 付人もそれは同じ。

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 整然、黙々、力強く。保存会の真骨頂。

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 参拝の順番待ち最前列も保存会となった。用意されている提灯は、奉献物を納めた人が帰り道で持つためのもの。まさか手ぶらでは帰れない。

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 拝殿脇で祈願を果たす時を待つ。

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 震災により被災した人々への思いを願いとして届ける。

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 さあ、いよいよ拝殿へ上がる。

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 付人が含み紙を外してくれる。

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 踏み出す。(ピン甘とブレで大失敗画像ですが)

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 拝殿へ上がり、奉献物を納め、参拝。

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 御神酒を頂いて、拝殿を下りる。

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 行程も後半となる。

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 参拝・祈願を終えた一行はどんと祭の御神火へと向かう。

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 参拝・祈願を終えても、裸参りが終わったわけではない。裸参りはその団体の拠点まで気を抜かずに鉦を鳴らし続けて帰ってこそ完遂されるもの。

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 鉦の音高らかなままに。

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 御神火まで一行は辿り着いた。

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 次々と腰の注連縄が取り外され、御神火に投げ入れられる。

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 神社の境内で見られる光景としては、御神火の周囲を廻る姿がオーラスとなる。

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 雲外蒼天。その思いは来年の裸参りまで。本当なら、一刻も早く被災地に至極当たり前の暮らしが戻ることが望まれるが、この3年の経過を見れば、まだまだ時間は掛かりそうだ。

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 境内を後にする保存会一行。

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 帰りの道でも毅然と颯爽と。

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 お参りを果たした姿を地元に見せることも務め。

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 行きも帰りも、多くの地元の方々に声を掛けられる。

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 今年のお参りも終わろうとしている。

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 醬油屋の前を過ぎ、右折。

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 杜の館へと続く道へ。

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 帰るまでがお参り。

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 無事にお参りを終えて、真剣だった顔もやっと綻ぶ。

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 付人は後片付けに忙しくなる。

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 今年も皆様お疲れ様でした。私は今回が3回目の保存会随行だったのだけれども、震災後最初のどんと祭で大混雑した一昨年、大雪に見舞われた昨年と比べれば、例年並みという感じの今回だったのでしょうか。

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 そして、カメラ振り回す私にご配慮いただきありがとうございました。

 装束を解いた皆様は道具と館の後片付けをし、解散。有志で「直会」に参加してお参りの行程をそれぞれに労ったり、付人の働きに感謝したり。私も参加させてもらい楽しいお話が出来ました。

 また一年。また来年。これからの一年、来年に向かう前向きな気持ちがちょっとだけ、新年早々に持てた感じがしました。

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January 24, 2014

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2014②

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 裸参りの男たちの装いが整いつつある頃、杜の館の外では提灯の準備が始まる。

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 一つ一つの提灯に火を点して行く。最近は電球仕様の提灯も見受けられるが、保存会は昔ながらの蝋燭による灯だ。

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 揺らぐ灯。本物の証。

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 高張提灯にも火入れ。

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 館からは男たちがいよいよと出てくる。

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 祈願板も持ち出され、抱え方を確認中。

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 奉献されるものも次々と。

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 出発前の恒例、記念撮影に臨む。

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 さあ、準備は整った。

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 いつ見ても壮観。

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 今年は、杜の館に残されている天賞酒造時代の門扉から隊列前方を構成する主要人員の出発姿を再現。天賞酒造由来の保存会らしい演出がとても良かった。

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 往時の天賞酒造の裸参りの夜が見える。

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 地元民としては、鉦の音だけで天賞酒造の裸参り一行が来たものだと察していた昔。

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 その系譜を受け継ぐ保存会が「雲外蒼天」を掲げ詣でる。

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 いざ、出発のとき。

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 暗き夜道に歩を進め始める。

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 杜の館前から八幡大通りへと向かう。

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 大通りは以前までは交通規制を大々的に行っていたが、今年はほとんど規制らしい規制も無いに等しいくらいで、大崎八幡宮の直前くらいになってやっと車道1車線が歩行者用に規制されている程度。普段からの歩道は一般の参拝者や帰り道の裸参り他団体などが大勢行き交い、混乱も極み。隊列を維持するのも大変(撮影するのも大変)。

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 そのような混乱の中でも黙々と。

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 奉献される数々の品と祈願板に込めた思いは運ばれる。

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 鉦を真上まで。保存会では当然のスタイルだが、他団体では数少ない光景。今年は保存会以外でも同じようなスタイルを持つ団体を見掛けた。もっと身も心も「本当のお参り」が広まってほしい。

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 車道を歩ける区間でも、やっぱり他の参拝者が多いから窮屈。(撮影画像もそのようなものばかり多産してしまった。)

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 大崎八幡宮の鳥居をくぐり、いよいよ境内へ。

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 黙々堂々と進む一行の姿はいつも息を呑む。

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 一層、昂る。気合が乗る。

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 階段を上がる。神は鉦の音を聴き、お参りを終始見定めている。

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 比較的歩き難い石畳は古式床しい風情のあるもの。

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 拝殿の位置が見えてくる。

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 凛として。

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 祈りを届ける。

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 願いを掛ける。

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 雲が去れば、蒼い空が必ず広がる。

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 参道の歩みを終えた。拝殿・本殿の周囲を回り祈願を果たすときが近付く。(つづく)

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January 21, 2014

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2014①

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 1月14日、一昨年と昨年に引き続き今年も「仙臺伝統裸参り保存会」の皆様の様子を撮るべく追い掛けさせていただくべく、平日ながら夕方前には保存会の拠点となっている「八幡杜の館」に到着した。仕事は主要な部分を午前中に片付けて、午後からは休暇という扱いで。もちろん仕事に重大且つ緊急の課題が残っているような状況では撮影には向かえなかったので、この点では運が良かったというか幸いな日であった。

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 裸参りとは、…と、毎年のように同じことをコメントしても仕方がないだろうか?一昨年や昨年の記事などを見ていただくとしようか。

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2012① とか、

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2013① などに、大崎八幡宮のこと、松焚祭(どんと祭)のこと、仙台裸参りのこと、仙臺伝統裸参り保存会のことなどが触れられているので、今回初めてこのブログや裸参りのことに辿り着いた方などはお読みいただけたら。

 また、当ブログ左下リンク欄に仙臺伝統裸参り保存会サイトへのリンクもさせていただいているので、そちらから公式的な説明を得て頂くことが最良かと。

 さて。

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 杜の館へ到着すると、毎年恒例となった「裸参り説明会」は既に終わった時間であり、いよいよ裸参りそのものの直前準備が始まろうかという頃合だった。

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 今年はこんな感じにディスプレイして説明会をしたのかな?と思いつつ、あまり考えてる暇もないのでいろいろ撮り始める。

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 捧げられる運命を背負った鯛。メデタイ鯛。

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 腰用の注連縄が山積みに。聞くところ、これまで注連縄作りをしてくれていた方が事実上の引退状態となり、今回は調達先が急遽変わったのだとか。

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 いよいよ(というか到着してすぐの私的には、もう?)注連縄の準備作業が始まる。

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 ぎっちり締まった注連縄を少し緩めて紙垂(しで)を挿し込んで行く。

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 今年はカメラの数が多い…。随分と取材など多いようだ。

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 注連縄の準備作業が一段落すると、外では本隊の行進練習、屋内では付人たちのミーティングが始まった。

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 裸参り本隊が無事に、そして勇壮なままにお参りを成し遂げられるべく全力でサポートする付人たちの存在は大きく重要。付人というサポート隊を疎かにした裸参り団体は時に惨めな憂き目を見る。

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 もうちょっと、鯛の尾を元気良く。妥協しない。

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 TV取材に対し会長さんが祈願板の説明。今年の祈願は「雲外蒼天」。困難を乗り越え、努力して克服すれば快い青空が望めるという意味。東日本大震災以降、一貫して震災・被災地やこれに伴った世相に意識を向けたメッセージを放つ保存会の祈願板。「震災復興」、「不忘復興」、そして「雲外蒼天」。震災後の1年、2年、そして3年を迎えようとしている今、その時々の世相へ敏感な人ほど、切実さが増して響く。

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 保存会の源流、天賞の酒も奉献される。

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 空の明るさが仄かに失われつつある頃。

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 付人たちの身支度が整えられる。裸参り本隊の人たちの身支度を手伝う関係上、いち早く自分たちの準備は終えておかねばならない。

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 大先輩から若手への静かなる激励が温もる。

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 付人たちの身支度が終わると全体ミーティング。

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 祈願板に記された言葉も語られつつ、裸参り隊列を構成する各ポジション要職者が発表されていく。

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 私の歳ほども裸参りを続けてきた古参の雄にはプレゼントが用意されていた。雄であり勇だなぁと思う。かの林子平は「勇は義の相手にて裁断の事也。道理に任せて決定して猶予せざる心をいう也。死すべき場にて死し、討つべき場にて討つ事也。」と説いている。裸参り保存会にて長らく裸参りを続けていらっしゃる方々皆様の姿を拝見するに、男女を問わず「勇」だなぁと思わせられる。

 そしていよいよ。

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 禊。

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 保存会特製の氷水で水垢離。

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 身も心も清まる。

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 禊を終えたら身支度へ。

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 晒を腹に巻いてからでは屈んだ作業が厳しくなる足元から。

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 続いて晒を巻く。

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 身が引き締まると同時に気持ちも。

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 杜の館の中は慌しさを増す。禊を終えた男たちは次々と装束を整えて行かねばならない。

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 鉢巻。

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 注連縄。

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 鉢巻。余分を切り落とす。

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 注連縄。余分を整えてまとめ上げる。身支度に妥協をすると神前に赴く頃には着崩れしてしまう。それは神に対して失礼でもあり、その神の膝元でもある地元を代表する保存会としては恥。

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 今年も地元の大御所様が代表役。

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 出発への準備は整いつつあり。

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 昂る気持ちを内に押し込め、その時を待つ。(つづく)

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February 02, 2013

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2013③

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 裸参り保存会の一行は拝殿へと到着し、祈願を果たすべく順番を待つ。その最中も降り続く大雪。立ち止まりつつも鉦を鳴らし続ける保存会。周辺の杉木立からは時折、雪の塊が落ちてくる。

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 付人も雪まみれ。今年の天候は厳しいものだが、この厳しさの中で果たす祈願、そして各々の役割への報いは必ずや何かの形となり…。

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 素晴らしい付人たちの気遣いと働きがあってこそ、仙臺伝統裸参り保存会が「らしく」在り続けられるのだろうと思う。

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 いよいよ保存会が拝殿の前に。

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 真っ直ぐ。身も心も。

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 昨年は祈願を果たしてから御神火まで辿り着くのに相当な渋滞で時間を要したが、今年は直行となる程にスムーズ。上画像では判り難いかもしれないが、御神火では付人が腰の注連縄を解いてくれて火中に投じ、焚き上げてからの帰り足となる。

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 不忘復興。

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 今年の裸参りは終盤へと向かうが、祈願板に込められた思いは終わらない。むしろ、これからが大切なのだ、と。

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 心の奥底から願い。

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 願いの強さを体現するかのような保存会の裸参り。

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 御神火を後にした裸参りの提灯行列。お参りを終えて帰着するまでの鉦の音を、神様はずっと聞いている。

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 人通りの少ないところであっても鉦を振り上げる手に抜かりは無い。

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 この大雪は裸参りする人々に何を思い抱かせただろうか。

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 例年以上の達成感と、とても印象に残る一日だったに違いない。

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 最後まで揃えられる鉦。

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 整然と帰路を進む。

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 保存会の拠点である八幡杜の館近くになると付人は走り出し先回りする。帰着準備だ。

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 最後まで高い位置に掲げられた提灯と、揃え鳴らされ続けた鉦と歩み。

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 隊列の先頭が帰着。順次、装備を解いて行く。

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 付人は最後まで忙しい。

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 達成、充実、労いの波の中、安著と共に身に沁みた寒さが押し寄せる。

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 清山会さんは医療福祉グループで宮城県内各所にて事業所を展開。保存会と共に裸参り隊列を構成して3年目の参加とのこと。代表の山崎先生始め、皆様の気持ちの入ったお参りは保存会に負けず劣らず大変素敵でした。

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 帰着直後の装備解除作業を終え、館に入る付人たちの足にもお参りの大変さが窺えた一日だった。

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 館の周囲から鉦の音が消え、静寂と夜の帳が包み込む。

 皆様、今年もお疲れ様でした。そしてありがとうございました。

●昨年の関連記事

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January 24, 2013

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2013②

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 裸参り保存会に出発の時間が近付き、杜の館前は慌しくなる。

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 奉献酒を始め、餅、魚、野菜の供物が持ち出される。

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 一番鉦の重み。鉦を持つ者の中で最前を務める一番鉦は、他の鉦よりも二回りほど大きい。

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 高張提灯を掲げる腕にも力が入る。

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 付人たちが提灯に火を入れ始める。

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 大雪のこの日、ビニール袋を被せられた状態で手にしてお参りをする。

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 高張提灯にも火が入れられた。

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 祈願板が持ち出され、保存会恒例の出発前記念撮影へ。

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 不忘復興。たゆまぬ道が未来へと続くように。

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 壮観。素晴らしいなぁ…。

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 集合写真の撮影を終え、息つく暇なく隊列が構成され始める。

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 近隣にお住まいの方々もお見送り。熱心にケータイで撮影。

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 隊列が真っ直ぐに。いよいよ出発。

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 出発。足元は完全に圧雪。この頃には積雪が20cmに達していた。

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 降り続く雪は容赦なく、瞬く間に身体を濡らしていく。

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 今年は八幡大通りの交通規制に変更が加わり、神社に近い人通りの多い区間でも車道を歩くことができない。撮影するアングルに困る以前の問題として、一般参拝者が右往左往する狭い歩道で、参拝を終えた裸参り他団体ともすれ違うというのは容易ではなく、この日のように足元が落ち着かない状態の時は特に危険。震災後は参拝者が増加傾向となっているようだが交通規制は歩行者側を狭めている動向にある。危なっかしい。

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 雪に臆する事ない保存会の勇姿は整然。

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 付人は含み紙の交換を高い頻度で行う。

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 境内に入る。昨年は階段上からのアングルで撮影したため、今年は後方にポジションを取ってみた。

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 お参りなのだが、さながら討ち入りのような緊張感と毅然とした躍動。

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 振り上げられる腕の高さ、揃った鉦の音こそ保存会の魅力の一つ。

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 このアングルが撮りたかった。

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 当然ながら黙々と階段を上がる。(当然ではない団体様もありますが…)

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 階段を上り終え、多くの一般参拝者が行き交うエリアへ。保存会の勇姿を見て、一味も二味も異なるその姿勢に感嘆の声を漏らす人々が多い。

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 拝殿を目前にしても付人は手を抜かず、含み紙の交換に気遣う。

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 己たちのためではない、世に向けた祈りと願いを運ぶ。個々の尊い信念がシンクロした後姿の中に共鳴して見える。

(つづく)

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January 21, 2013

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2013①

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 なんちゅう雪や…ι

 仙台の正月送り行事「どんと祭」が行われる1月14日は、朝から大雪に見舞われて一面を銀世界に変えていた。そして降り続く雪。このような天候の日と、どんと祭がぶつかったのは30年振りではなかろうか?30年前のこのような日に大崎八幡の階段を上る母と私の後姿が入り込んだ写真が撮られ、河北新報に掲載された。そんな記憶が甦る。

 この日、昨年に引き続き「仙臺伝統裸参り保存会」の皆様を追い掛けさせていただく機会を頂戴したのだが、想像以上の大雪に撮影機材の防護カバーの必要性を感じ、それを調達するため朝イチからヨド○シカメラへ。今回は5DMarkIIと50Dのカメラ2台体制で撮影しようと思っていたから雨除けカバーも2台分。朝から福沢諭吉さんとお別れした…。

 個人的な予定時刻から1時間以上遅れて到着した「八幡杜の館」。既に館内は午後からの「裸参り説明会」の準備が終わり、保存会会長さんを始め役員の皆さんなどが一息ついておられた。

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 飾られた提灯。年季が入って来た。

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 「どんと祭」と「裸参り」は別々の行事であり、神事。そのことは昨年の記事(撮影記2012①)でも触れているのでご参照いただきたい。併せて昨年の①~③記事をご覧頂いて、保存会の皆様がどのような過程を経て身支度を整えてお参りを果たすのか、という一連の流れも把握していただけると幸いである。

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 昨年の記事でも触れていることだが「仙臺伝統裸参り保存会」は、大崎八幡宮の御神酒酒屋であった「天賞酒造」の参拝様式を継承している。昨年の記事ではあまり触れなかったその「天賞酒造」について、今回は少しまとめてみようかなと思う。

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 天賞酒造は屋号を「丸屋」と称し、文化元年(1804年)に三代目天江勘兵衛が「鳩正宗」銘として創業、日露戦争勝利に際する「天勝正宗」等、幾度か銘柄の変遷を経て、仙台の老舗蔵元として平成16年(2004年)まで青葉区八幡に在った。明治41年(1908年)皇太子嘉仁親王(大正天皇)が仙台行啓に際し蔵の酒をお召し上がりになったことを記念し、「雲上嘉賞天之美禄」より「天賞」と改名。

 その頃の当代天江勘兵衛(明治7年-昭和5年、1874-1930年)に関する記録によると、明治4年(1871年)に県に提出された丸屋の清酒造石数願は150石ほど請願されている。当時の仙台市内の総造石高は5130石で、請願数での最高者は北六番丁の本野小平、国分町の菅原甚左ェ門のそれぞれ500石、次いで河原町の岩間彦太郎の430石などとなっている。酒の自家醸造(私造)が禁止されて以降どの酒造家も石高は増し、天江氏も「天賞」が誕生した明治41年には1509石となっている。その2年後には廃業する宍戸酒造の工場を買収し2600石ほどに増加。大正11年(1922年)には1000余石を東京市場にも出したが、翌年の関東大震災で痛手を被ることとなる。戦時中においては327石まで造石高は減ったが後にまた増石し、1500石前後を造っている。。。という。戦前には東京上野に「仙臺郷土酒亭:勘兵衛酒屋」という天賞の店があった記録も見つけた。

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 昭和後期より無個性なナショナルブランド酒から地酒への回帰傾向が消費者に見られ始め、現在の文化的かつ伝統的な本物志向の日本酒マーケットも構築されているのだと思うのだが、天賞酒造はその流れに乗り切れなかったのか伝統の地であった八幡と決別し、平成17年(2005年)に川崎町へ心機一転、社名も「まるや天賞」として移転した。そして平成23年(2011年)の東日本大震災により工場設備が被災、再建を断念し同年6月に酒造免許の取消申請がなされた。所有していた八幡の土地は複合商業施設「レキシントンプラザ」となり、川崎町の土地や建物は「伯楽星」で知られる大崎市の新沢酒造店が取得、「天賞」と「獨眼龍政宗」の日本酒銘柄商標は加美町の中勇酒造店に譲渡された。

 レキシントン…。「歴史」というワードに引っ掛けてのネーミングなんだろうけど、ズバリこの文言だとアメリカの都市名や航空母艦の名前。なんでこんなんが付けられてしまっているのかな…。航空母艦は太平洋戦争で日本軍相手に活躍した艦だったりするのに…。

 と、余談に進んでしまうのを抑えて。 

 「天賞」と「獨眼龍政宗」の銘柄などを引き継いだ中勇酒造店では、まるや天賞より2名を採用し「天賞事業部」を設け、そのブランドを維持している。天賞を育んだ酒蔵は失われてしまっても、そのスピリットを残そうとしている。過去の歴史と化してしまいかねない伝説か幻になりそうだった存在の酒を今につなぎ止めてくれている。

 …なんだか、伝統的な裸参りを後世に残して行こうとしている保存会の皆様とも重なって見えるような気がしてならない。天賞は様々な形で生き続けて行くのだろう。

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 私が杜の館に到着して飾られた提灯などを撮影し始めて間もなく、今年の祈願板が届けられた。昨年は震災後初めてのお参りであったこともあり「震災復興」という切なる願いが込められた。今年は…。

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 「不忘復興」。復興の途上にあることを忘れるなかれ、復興に際する様々な恩義を感じ忘れるなかれ…等々、様々な意味が込められているような言葉である。

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 この日の館はこけし展示の期間中であったが、保存会の活動に際して脇に寄せられたショーケースの上には、昨年撮影し写真展にて展示された写真が置かれ、裸参り説明会や裸参りそのものに参加する方々の目に触れるよう扱われていた。(保存会の皆様ありがとうございました。)

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 そうこうしているうちに説明会が始まり、裸参り参加者や地域住民の方々も会長の話に耳を傾け、時に実際に道具類を手に取りながら、裸参りの本質的な部分を学んで行く。

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 雪は降り続く。朝よりも明瞭に深く積もっている。

 そんな雪模様の中。

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 膨らまされたゴムボート。これで雪の坂道を滑って遊ぼうなどということはせず(当たり前か…)ボートの中に水を張る。

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 全体練習が始まる。天候不良の今回は提灯にビニール袋がカバーとして被せられた。

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 練習なのに、裸じゃないのに、天候がこのとおりであるだけに過酷そうに見えてくる。

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 その頃、ボートのプールには氷が浮かべられ、降った雪もシャーベット状に漂いながら、禊で浴びる保存会特製冷水が完成し、その時を待ち続けていた…。

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 館内では様々な物が準備されて行く。保存会銘の奉献酒。

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 腰に巻く注連縄。

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 草履は事前に一度履いて自分用に合わせ、尚もしごいて柔らかくしておくようである。

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 保存会が腰に巻く注連縄は他団体よりも一回り太い。これがカッコイイ。

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 準備が整った大量の注連縄。

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 祈願板にも注連縄。そして…。

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 ゴシゴシと文字を蝋でコーティング。悪天候に際し墨文字が流れないように対処する。この辺りが裸参りを「神事」としてとらえている保存会(会長)ならではの配慮だ。

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 一日を経ずして積雪20cmに迫る。普段の休日ならば割と人の行き来がある道も、どんと祭当日の夕方だというのに人通りが少ない。

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 館内では直前ミーティングが始まり、この日の隊列主要ポジションの任命が行われる。そしていよいよ動き出す。

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 氷水での禊。温い水では後が冷える。冷たい水で身体を内部より覚醒させ身体が自らを温めるよう促す。

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 禊の後は次々と装束を身に付けて行く。

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 今年の注連縄の結び目が昨年とは違うようだ。

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 整った結び目に力強さを感じる。

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 注連縄を腰に巻かれ拳も自然と握った状態へ。力がみなぎる。

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 鉢巻が巻かれる。

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 静かに、しかしながら断然と気合が入ってくる。

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 整然とした格好でお参りを果たさなければ伝統神事ではない。

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 鉢巻の余分は切り落とされ、精悍さを増す。

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 外は圧雪路。草履ごと足に縄を巻いて滑り止めを施す。

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 出発の時はもう間近。

(つづく)

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March 01, 2012

「裸参り」写真展のお知らせ

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●期間…平成24年3月1日(木)~3月25日(日) ※月~水曜は休館日です。
●時間…午前10時~午後4時 ※最終日25日(日)は少し早く終了する可能性があります。
●場所…八幡杜の館(宮城県仙台市青葉区八幡3丁目) ※旧天賞苑地内、宮城一高(旧一女高)西側
●入場…無料です。

※会場周辺の地図(GoogleMap

★Sakazukiより皆様へ
 この度、仙臺伝統裸参り保存会主催による「『裸参り』写真展」に、今年1月14日に撮影した画像のいくつかを展示していただけることになりました。
 展示内容は、当日撮影に臨んでいたプロカメラマンの方2名とアマチュアの私、計3名分の撮影画像の中からピックアップされたものをパネル写真にして60点前後展示されるほか、「裸参り」の装束や用具などの展示も行われています。また「裸参り」に関する様々な説明文も併せて掲示されておりますので、この伝統行事(神事)に関する事柄について知識も深めていただける内容となっております。
 なお、個展やコンテストではありませんので展示写真には個別に撮影者名は付記されておりません。余計な情報を持たされること無く「裸参り」の魅力溢れる数々の写真をお気軽にご覧いただけます。
 お近くの方は是非ご都合の合間などにお越しいただければ幸いです。その際はご家族やお友だちなどお誘い合わせの上お越しいただけるとなお幸いでございます。
 また、Sakazukiは3月3日(土)及び3月17日(土)の2日間、会場にてお世話役をさせていただく予定でございます。「裸参り」に関する知識は俄仕込みでございますが、楽しくご案内させていただきたいと思っておりますので、当日にお越しの際は是非「Sakazukiのブログを見て来ました」とお声掛けくださいませ。(Sakazukiの顔だけ見てやろうと名乗らずに来られる冷やかし的な方はご勘弁ください^^;なお当日、別ブログの名義「Gibachinamazu」の名で呼ばれている可能性もありますが同一人物です。)
 と、会場への出没予告もしてしまいましたが、その他の土日にも予告無く出没している場合がありますι
 出没と言えば…。
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 時々私が出没する青葉区国分町のカフェ&バー「ぼくんち」にポスター掲示とチラシの配置もさせていただきました。マスターどうもありがとう!(マスターは私の元上司です。)

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February 27, 2012

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2012③

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 前回からの続き。(更新が間延びしてスミマセン…)

 八幡杜の館を出発した仙臺伝統裸参り保存会の一行は、八幡大通りを経て大崎八幡宮の境内へと入り、参道の階段を上り始めた。黙々と歩む一行の姿には「厳か」という言葉が相応しく感じる。

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 階段を上り切った後、混雑を極め賑やかな石畳の道も保存会の一行が通りすがると空気が一変し、周囲の人々は他団体と雰囲気を異にする一行の姿に目が釘付けとなる。

 一体。

 隊列の人数に比例しない鉦の音。それだけバラつきが少なく揃えられた音。

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 被災酒蔵の想いとともに大切に運ばれてきた奉献酒。

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 拝殿が近付き、男たちの気持ちも昂る。

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 歩みを進める男たちと、常に脇を固め随行する付き人たち。間もなく祈願が果たされる。

 そう思ったのも束の間、拝殿を目前にした頃から「裸参り渋滞」が始まる。隊列はなかなか前進できない。数分待たされて、十数歩の前進を繰り返す。そして、裸参りの一行のみが入ることができる参拝順路(本殿裏)へと進んで行く。

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 本殿の裏には目立った照明は存在せず、提灯の明かりだけが僅かに揺らぐ。(保存会所属のカメラマンという立場で付き人の法被を着用し入らせてもらっております。)

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 暗闇の中の提灯行列と、高らかに鳴らし続けられる保存会の鉦。この頃、夜半前に一時的に生じた「急な冷え込み」を気象台では記録していた。

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 震える。震えが止まる。そしてまた震える。

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 本殿の裏を九十九状に三度ほど行き来する。しかし、相当の渋滞で立ち止まる時間がとてつもなく長い。参拝までの道程はもう僅かだというのに時間ばかりが重なっていく。

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 それでも、男たちの気持ちは途切れない。鉦の音も途切れない。

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 ほとんど外灯の光も届かないような暗闇でも、誰に見られるということが無くても、男たちは黙々と鉦を鳴らし、渋滞の列を時々僅かずつながら進んで行く。

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 高張提灯を持つ手にも揺ぎ無く。

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 一歩一歩参拝場所へと辿り着き、いよいよ祈願板を納め、数々の奉献物を供え、祈願をし、お神酒を頂く。

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 付き人の人々も。

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 祈願を終え、向かうは御神火。されど渋滞はまだまだ続く。

 あまりにも待たされ、一行の代表役である地元商店街大御所の方が隊列を離れてしまう。前代未聞の出来事に何が起こったのかと保存会の人々は思ったそうだが、今回のとんでもない渋滞劇に居ても立っても居られず運営側に渋滞解消の注文を付けに行っていたらしい。(地元大御所の方だから成し得ることである…)

 寒い。停滞。停止。あまりの渋滞。長時間裸で屋外に立たされ続ける。とうとう保存会の鉦の音も停止命令。渋滞待ちの他の裸参りの人々からも「さすがの保存会も鉦を止めてしまった…。」と口にしながら渋滞状況に苦悶の表情…。

 その後、大御所の注文が功を奏したのか渋滞が若干解消し前進するペースが少し良くなる。それでも時々は立ち止まり、何十分という時間を掛けて…。

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 御神火に辿り着く。付き人が次々と腰の注連縄を解いて、御神火へと投げ入れられていく。

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 参拝の際に神社より頂いた御札。

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 御神火の近くと言えども外側半身は寒い。寒冷蕁麻疹の嵐だ。

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 それでも男たちは淡々、黙々と御神火の周囲を回る。

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 姿勢は崩れない。多くの団体が御神火に向けて身体を回転させて暖を取るような行為を見せるが、そんなことは保存会に断じて無い。

 さて、2週目…と思ったら1周のみで退却する保存会の隊列。通常正式には御神火の周囲を3周するのだが、この日はとんでもない渋滞だったので後方に配慮して1周のみという英断をしたそうだ。(今年は震災後初めての裸参り、土曜日の裸参りということで参拝者が多いことに加え、正式3周を行う団体が増えたこと、寒かったのでゆっくり暖を取る団体が多かったことなどが渋滞を引き起こしていたようであった。)

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 神社の境内を後にする一行。いつもなら御神火を正式3周する伝統裸参りが後方に配慮しての1周のみ。その配慮に感嘆しつつも残念でならない。

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 竜宝寺参道を降りて八幡大通りへ復帰する一行。

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 帰り道も、帰り切るまでが裸参り。

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 隊列、鉦、足取りは崩れない。

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 地元の人々の分まで祈りと願いを運んだ足並み。

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 いよいよ行程もフィナーレ。

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 最後まで地元の人々に追いかけられ、撮影される保存会。

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 杜の館に帰還。2時間弱の参拝予定が3時間半という道程となった。

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 凍える身体で草履を脱ぐにも一苦労。

 あまりにも長い参拝となった今年は、この三十数年でワースト3に入る参拝だったと振り返る会長さんほか古参の方々。大変お疲れ様でした…。

 それでも、多くの方々が大きな充実感・達成感を得て、清清しく解散。直会(なおらい)参加メンバーに私も加えていただき、そこでもまたいろいろなお話を伺う事が出来、大変貴重な一日を過ごさせていただいた。皆々様、本当にありがとうございました。

 後日、プロカメラマンの御二方と私が撮った画像データを持ち寄って、保存会の会長さんと副会長さんの前での鑑賞会を兼ねた慰労会。そこで飛び出た?お話は…。

 それはまた次回で。

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February 10, 2012

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2012②

 前の記事からの続き。

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 物的な準備や予行演習が終わると、関係者が一堂に集められ本日の重要ポジションが発表された。裸参りの隊列構成を前方から説明すると、「先導」、「高張提灯」、「一番鉦」、「役職(主人・杜氏頭)」、「二番鉦」、「梵天」、「幣束」、「祈願板」、「奉献酒」、「供物(餅)」、「供物(魚)」、「供物(野菜)」、「三番鉦」、「裸参り本体」、「高張提灯」という順となり、これに適宜周囲を付き人が囲むように配される。(上画像は左が梵天、右が祈願板。)

 この日の要職が発表されたことで、いよいよ出陣に向けた動きが一気に加速し始める。一連の神事が始まるのである。

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 水垢離。館の脇に仮設された禊場で氷の浮かぶ冷水を全身にかける。

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 身体を洗い清める意味もあるが、その後の体感的な寒さを緩和する作用もあるという。

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 しかしながら周囲の気温は氷点下。瞬く間に寒冷蕁麻疹が全身を包む。それでも水垢離を行う男たちの表情は粛々としていたり、清清しささえ漂ったり。

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 水垢離を終えると装束に着替える。仙台裸参りの装束は酒蔵で働く杜氏の服装に由来しているという。

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 かなりしっかりと晒が巻かれていく。

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 保存会においてこの晒が緩み落ちたことは無いということだ。

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 鉢巻が巻かれる。

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 鉢巻の余分は切り落とされる。余分が大きいとリボンのようになって見えたり、締りの無い感じに見えてしまう。

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 髪まで切りそうになり、おっとっと。

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 腰には注連縄。

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 神事という意味が視覚的にも出てくると同時に…。

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 気合が入ってくる。

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 気持ちも引き締まってくる。

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 役職(主人・杜氏頭)の服装のみ羽織袴姿で脇差等の携行が許される(もちろん現代は模造刀)。今回の主人役はピンチヒッターの方で、地元商店街の大御所。私の親父も商売柄お世話になっていたお得意様のご主人で、出発前にご挨拶させていただいた。「ああ、S君の(息子)?」と、昔と変わらず朗らかな方。

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 さて。

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 出発直前の館には男たちの熱気が。

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 いざ、震災復興の祈願を果たすべく。

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 隊列を編成する前に館脇の公園(中島丁公園)で集合写真撮影。

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 そして出陣へ。

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 提灯に火が灯される。

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 午後6時過ぎ、館の前に隊列が組まれる。地域の人々が見送りに集まる。見送ることは参拝するに等しくなり、見送られた裸参りの一行が代拝する形となる。

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 出発。震災復興への祈り、地元宮城の被災酒蔵の想い、地域住民の気持ち、そして各々の心中に去来する願いなどを運ぶ歩み。

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 八幡の大通りに出る。

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 仙臺伝統裸参り保存会の一行は一度立ち止まり、その前身である天賞酒造跡地(現レキシントンプラザ)に残る門構えに一礼する。

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 そして再び大崎八幡宮へ向けて歩み始める。

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 保存会は通りの中央寄りを歩む。地元八幡の伝統を継承する団体であるからこそ、昔ながらに中央を歩むことを許される。

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 付き人は含み紙の状態を気遣い、交換する。また、隊列内を横切ろうとする一般参拝客などを制止する役目も担う。裸参りの隊列内を横切ることは「願いを断ち切る」行為とみなされ無礼にあたる。無礼というだけではなくて神事の邪魔をしているということにもなるので、一年のご利益を考えると厳に慎みたい行為だ。横切れるポイントは隊列の先頭と殿に高張提灯が掲げられているので、その外側ということになる。

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 ゆっくりと堅実な足取り。そして高らかに揃って鳴らされる鉦。今年の祈り願うことはあまりにも大きい出来事であった震災からの復興。他団体とは一線を画する伝統的な裸参りは軽々しくなく厳か。保存会の皆様が今回背に乗せた数々の思いの丈と、保存会という誇り高き団体が我が地元に存在するということを思うと、その本質を貫く厳かな足取りと鉦の音に涙も滲む感慨を得た。

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 一行が現れると、周辺を行き来する参拝客らも保存会の凛とした空気に呑まれ、立ち止まって見入る。明らかにゆっくりとした足取り。明らかに揃っている鉦の音。保存会という名前もあるが、多くの人々から「本物だ!」「素晴らしい!」「凄い!」といった賞賛の声が口をついて出る。

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 歩道側を軽やかに追い抜いていく他団体たち。他団体の人でも思わず脇見をしてしまうほどのオーラが保存会にはある。地元住民はもちろん、古来本質的な裸参りを見てみたいという人に保存会の歩みは「必見」と言えよう。

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 一挙一動が揃った歩み。頭上まで振り上げられて鳴らされる鉦、顔の真横に掲げられる提灯、その姿勢は他団体ではなかなか見られない凛としたもの。

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 一行は大崎八幡宮の境内へと入って行く。人混みが一層激しくなる中で、保存会に向けられる参拝客の瞠目と感嘆の声。さながら裸参りの本陣が入ってきたかのような雰囲気に変わる。

(つづく)

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February 05, 2012

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2012①

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 1月14日の朝。仙台市青葉区にある大崎八幡宮の参道は既に正月飾りを持ち込んだ人々が行き交っていた。

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 この日は毎年、国宝大崎八幡宮では小正月行事「松焚祭(どんと祭)」が行われ、そして「裸参り」が行われる。私は近所ということもあり、よくこの日の事や画像をブログにUPしていたのだけれども、今年は御縁があって「仙臺伝統裸参り保存会」の会長さんより御声が掛かり、ほぼ制約無しで好き勝手に撮らせていただける機会を頂戴した。地元民の私としては大変貴重で嬉しいことであった。

 さて、そんな一日の話に進んで行く前に少しだけ関連するものを簡単に説明。

 大崎八幡宮は伊達政宗が仙台開府の際に現在地に移し1604年(慶長9年)に社殿が落成。祭神は応神天皇、仲哀天皇、神功皇后。由緒としては公式サイトによれば『平安の昔、東夷征伐に際して坂上田村麻呂は、武運長久を祈念すべく武門の守護神である宇佐八幡宮を現在の岩手県水沢市に勧請、鎮守府八幡宮を創祀しました。その後、室町時代に奥州管領大崎氏はこれを自領内の現遠田郡田尻町に遷祀し守護神として篤く崇敬した為、世に大崎八幡宮と呼ばれました。大崎氏の滅亡後は伊達政宗公が居城の玉造郡岩出山城内の小祠に御神体を遷し、仙台開府後仙台城の乾(北西)の方角にあたる現在の地に祀られました。この際に旧領の羽前国米沢にて代々崇敬しておりました成島八幡宮と共に祀られました。』とのことである。30年ほど前の郷土資料には源義家が田尻町に勧請した旨の記載も見受けられる。(田尻町は現在大崎市となっている。)

 社殿が安土桃山時代の建造物として国宝に指定されている。現存する権現造り神社建築物では最古のもの。華麗な後期桃山建築の代表作として有名。隣接する真言宗竜宝寺は別当寺で、大崎八幡宮が現在地に移った際に建てられている。

 大崎八幡宮で行われている「松焚祭」は正月飾りを焚き上げる小正月行事で、特に宮城県内では「どんと祭」の通称で呼び親しまれている。日本各地には同じような行事に「左義長」や「ドンドン焼き」「ドンド焼き」等の呼称があり、後者の呼称はどんどん燃える様から起きた呼び名だとも言われる。宮城地方の「どんと」は大正期に北陸地方の「とんど」を倣い定着したものとも言われている。宮城地方のどんと祭は大崎八幡宮によって始められた松焚祭様式が各地に広まったものが多いとされている。

 この日に行われている「仙台裸参り」は、元々は東北南部(岩手県)地方の農家や酒蔵の神事にルーツがあると言われている。彼の地で家内安全や五穀豊穣を祈願していた祭事の様式が、農閑期に仙台へ来ていた南部杜氏によって醸造安全を祈願する仙台の酒蔵の年中行事として嘉永年間の頃には始められており、現在では酒蔵に限らず企業や団体にも広まっている。

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 つまり…「どんと祭」と「裸参り」は同じ日に行われているが別々の行事である。同一視する人々も少なくなく、私自身も近頃までは気にすることもなく同一的な扱いを続けてきた。ではなぜ小正月の同じ日に行われているのかという部分が気になるが、裸参りは何かを祈願するというだけではなく広くは成人儀礼の一種とも扱われており、小正月(1/15・旧成人の日)に行われていたという元服の儀に関連した由来があるのではないかと推測する。仙台の裸参りの装束は酒蔵杜氏の服装に由来するが、裸であることの意味にはもっと古来からの慣わしが関係している可能性もあると思っている。

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 と、前置きがとんでもなく長くなってしまったが…。

 この日、旧天賞酒造跡地(厳密には天賞苑という庭園部分跡地)に在る「八幡杜の館」が「仙臺伝統裸参り保存会」の拠点となる。「八幡杜の館」は、旧天賞酒造の店舗であった建物を移設し、地域のコミュニティの場や文化活動の場として活用されている建物である。天賞苑は中島丁公園として生まれ変わり、地域の人々に親しまれるようになった。

 池も凍る寒い日。例年、どんと祭のある小正月頃になるとグッと冷え込む日が多くなってくる。

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 午前10時過ぎに杜の館を訪れると、どうやら先客が。この日奉献されるお酒を持ってきた方だろうか?

 そんな様子を遠巻きに撮りつつ、建物を眺める。一昔前まで八幡の国道沿いにあった天賞酒造の趣きを今に残す建物。地元民としては懐かしさを感じる建物・光景である。

 そして「仙臺伝統裸参り保存会」の会長さんである谷さんにご挨拶の後、館の中に入らせていただいた。その直後…。

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 届けられた祈願板。今回の保存会は「震災復興」を祈願する。その祈願を記したこの板は神社に納めるものである。

 「仙臺伝統裸参り保存会」は、大崎八幡宮の御神酒酒屋だった天賞酒造が移転した2005年(平成17年)を契機に発足。天賞酒造が代々続けてきた伝統的な裸参りの様式を受け継ぎ、その継承と共に由来などの文化的伝承を目的として活動している。2006年に保存会としてのお参りをスタートさせ、今年で7回目となる。

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 祈願板を立て掛ける谷さん。

 近年から裸参りの前には、裸参りの由来や意味についての説明会が開催されているとのことで、この日も谷さんは館が開館する午前10時から準備作業をしていた。

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 八幡杜の館1F。この期間は写真の個展に使われていたが、この日ばかりは館全体が保存会の活動拠点に変わる。

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 同2F。八幡地区を中心とした歴史資料が展示されていた。

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 粛々と説明会の準備を進める谷さん。静けさに包まれた館の中での谷さんの一言「いいなぁ、この時間…。」という言葉、とってもよく分かります。

 この後、保存会の活動を公式に記録撮影している地元八幡のプロカメラマンの伊藤さんとご挨拶させていただく。伊藤さんは報道・スポーツ系を中心に、ベガルタ仙台オフィシャルマガジンのカメラマンもされている御方。

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 正午を過ぎ、地元宮城の酒が届く。今回は被災した酒蔵などにお声掛けをし、震災復興祈願に賛同される酒蔵からの奉献酒を募ったのだという。杜氏の醸造祈願から始まった仙台の裸参りならではであり、酒蔵の伝統参拝様式を受け継ぐ保存会ならではでもあることだ。

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 保存会のメンバーも集まり始め、椅子が並べられ、裸参りに関連する小物も並べられ始める。

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 館の表には提灯が据え置かれていく。

 いろいろと準備が進み慌しくなってきた頃、保存会の裸参りを撮影にいらした仙台在住の写真家・茅原田さんとご挨拶させていただく。横浜のご出身、カナダ在住から帰国する際に仙台に住むことにして2年半の御方で、御名刺を拝見すると著名人ポートレートから経済誌や企業広報誌、インテリア誌や車専門誌、企業や団体の海外活動の記録撮影などでご活躍されている。

 すごいなー。という一言しか出てこない(笑)日曜カメラマンの私。

 プロカメラマンの御2人のとんでもない邪魔にだけはなるまいと思いつつも、夢中に撮ってたら配慮も何も無くなっちゃうだろうなということが脳裏に過ぎりつつ。

 さて。

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 説明会が始まった。外国人の方々の参加が目立った。仙台に住む外国人の方々には日本の風習や伝統というものはどのように感じられているのだろうか。

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 裸参りのいろいろな小物を実際に手にとって感じてもらえる。

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 堅苦しくない谷さんのお話で和やかに。八幡宮へ正月飾りを持ち込む直前直後に立ち寄れるほど(会場が狭いので要予約だけど)気兼ねない説明会であり、それでいて地元伝統行事のことがちょっと詳しくなれる催し。

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 説明会が終わると、保存会としてのお参りの直前準備がいよいよ本格化する。

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 鉦。

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 含み紙。

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 腰に巻く注連縄。

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 供物。

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 館の外、公園では予行演習が行われている。

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 三つ巴は大崎八幡宮の神紋でもある。

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 この日は晴れたが風が強く、冷え込みが懸念された。裸ゆえに風は耐寒温度をとてつもなく下げてしまうという。

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 館の中では準備が進む。祈願板にも注連縄。

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 高張提灯の質感が素敵だった。

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 準備は進む。

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 奉献酒も揃った。

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 物の準備が整いつつある頃、日が暮れかけて薄暗くなり始める。

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 付き人の打ち合わせも始まる。

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 予行演習も本日2回目。いよいよ気持ちが昂ってくる。

(つづく)

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