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June 10, 2014

四ツ谷街道の放山迂回路:郷六・葛岡ルート探索編①

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 今回は黄色破線「大迂回郷六ルート」と、途中から分岐する橙色破線「葛岡ルート」を探索する。昭和11年『仙台市全図』にも示されているルートである。

 「郷六ルート」は『四ツ谷街道』を往来する際には「広義の放山」地区のほとんどを迂回する形となり、西端は旧広瀬村境(旧仙台市と旧宮城町境)付近に発している。『仙台市史特別編9地域誌』P249記事『「四ツ谷街道」と二つの迂回路』記事にて示された黄緑実線『迂回路』と比較すると大迂回する形となり、後に紹介する「山屋敷ルート」と合わせることで地すべり崖崩れ多発地帯である街道沿いの八幡6~7丁目をほぼ完全に迂回できてしまうルートにもなる。また、途中から分岐する「葛岡ルート」は昭和11年『仙台市全図』では北西に延び、かつての仙台道(城下~荒巻~吉成~芋沢~定義街道への道)方向へアクセス可能な道筋だったようである。

 ただし、「郷六」「葛岡」いずれのルートも西側は住宅地や墓園の開発により旧来の道が失われていることは明らかで、今回はそれぞれの開発区域までの探索となる。まずは『迂回路』との分岐点より進むことにする。

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 『迂回路』の峠、道の北側斜面をやや西側に進むよう分岐するのが黄色破線「郷六・葛岡ルート」だ。東寄りに分岐するのが水色破線「山屋敷ルート」。画像左奥へと進む「郷六・葛岡ルート」は、もう見た限り歩む人が少ないのだろうということは想像に容易いが…。まずは『迂回路』から分岐を果たして進む。

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 早速ながら不鮮明な道筋となるものの、道筋を見失うほどではない。『迂回路』付近から高度を上げて行き、稜線沿いを目指す感じだ。

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 山の稜線が遠くに見えてくる。とは言っても現在のこの山の稜線は送電線下であり、架線工事の際に多少削られているようだ。

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 送電線の通る場所へと一度出る。

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 送電線下の範囲は樹木が定期的に伐採されている。その範囲の外縁をルートは掠めている。まずまず気持ちの良い開けた場所なので、この日はここで昼食休憩を取ることにしてみたり。

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 おにぎりを食べていたら空に突然の轟音。山形で行われていた東北六魂祭から松島基地へと帰還するブルーインパルスだ。仙台市街地付近へ差し掛かるタイミングでスモークON。単純に帰還せずに地域の人々へ勇姿を見せてくれるのは嬉しいし、全国で活躍するチームの姿は震災から立ち直りつつある被災地の人々の励みにもなっている。

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 この送電線付近の空の視界の良い場所では動物観察にも良さそうだ。市街地内では見慣れないような鳥も飛んでいる。

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 「ノスリ」だね。トンビではない。糞鳶っていう別名はあるけど…。

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 送電鉄塔を縄張りに盛んに鳴いていた。そう言えば2年位前にも同じ鉄塔で鳴いていた。その時は全く逆の方向(葛岡側)から観察したんだけど。

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 送電線下の伐採地には獣の足跡。

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 こちらはニホンカモシカかな。ここから直線で数百mの距離にある私の実家の玄関横にもカッポカッポと足音慣らして闊歩して来たことがあるくらいで、住宅地にも平気で出るようになってきた。

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 こちらはタヌキ?と思っていたのだが、後で調べると指が長め。もしかするとアライグマかもしれないな…厄介だ。

 そんなこんなで楽しみつつ、ルート探索を続行する。

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 送電線下の伐採地から少し距離を取るように道は進んで行く。

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 道筋にコンクリ標が。「迂回路高巻きルート」にもあった小振りなコンクリ標が左に、標準サイズのものが右に。どちらにも例の如く青いビニール紐が巻かれたまま。「高巻きルート」に存在した同様のビニール紐コンクリ標は、ここから山の斜面を下った真下一帯に存在していた。やはり地すべり関係の測量でもされていたのだろうか。

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 そんな場所を道は進む。薄っすらと道筋は見て取れる。

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 文理?

 再び現れた標準サイズのコンクリ標には明瞭な文字が。この標準サイズのコンクリ標は明らかに土地境界用のものだ。ランドスケープ園芸専門学校と関係のあるものと容易に推測できるが、随分と広い範囲の土地を取得したようだ。コンクリ標としては新しいものではないけれども、一体いつ頃に土地を取得していたのだろうか。

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 文理のコンクリ標以降、道筋が不鮮明な範囲が多少存在する。ここはおそらく「迂回路高巻きルート」序盤の崩落地の上部付近、昭和53年『広瀬川の自然』に掲載されていた放山地すべり跡写真の最右側崩落地の上端付近だ。

 何となく踏み跡が続いてやしないか?程度に探し歩み進めると、崩落範囲を抜けたのか道筋が再び鮮明になってきた。

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 道は左に向きを変えつつ進み、以後概ね真っ直ぐ、平坦になり歩き易い。

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 また文理。土地境界沿いを道は進んでいるのか、道沿いを土地境界としたのか。いずれにしても文理側の土地は放山地すべりの領域だ。

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 多少のアップダウンはあるけれども全く苦にならない程度のもの。基本的に歩き易い区間が続く。

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 またまたコンクリ標。ここを「文理道」という名にしてしまおうか。道筋は斜面との縁を進むようになる。この縁は放山地すべりの縁でもあろう。

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 地すべり域の外縁を進む道は少し安定さを欠き始めるが、歩き難いという感じは少なく、概ねの道筋ははっきりしている。

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 崩落部分の上端のような、道の分岐のような地点があった。ここなら斜面下方向に降りて行けるという感じはするが…もしかすると深緑破線「接続支線ルート」との接点箇所なのか?位置的にもそのような場所だったが、崩落地斜面を下りることにもなり危険かもしれないので探索することは回避し、「郷六・葛岡ルート」の踏査を優先した。

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 道筋は少し下って右に回り込んで行く。谷筋を迂回するのだろう。

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 コンクリ標が斜めになっている地点を通過する。このコンクリ標は文理のものではないようだ。道筋はその後、谷筋最奥を越え左へと回り込み始める。

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 左へと回り込み始めると道筋は上り傾斜が増し荒れ始める。文理のコンクリ標が散見されてはいるが、少し歩き難い。

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 古い崩落地沿いを道筋は進む。このような場所が幾つも放山地すべり域の周辺には存在しているのだろう。

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 比較的最近になって露出した崖か?そんな上を道筋は進む。斜面も少し急だなと感じる区間が続く。山道を歩き慣れない人は足元に充分な注意を払って進む必要があるだろうが、歩き慣れている人であれば歩みが停滞するようなことはないだろう。

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 かなり高度を上げてきたところで大崩落地の上となる。地盤の露出状態からここ近年に生じた崩落だと想像に容易い。崩落部は結構な高さもあり、滑落したら大怪我というだけで済まないと感じるほど。

 最初の探索時にはここで道筋を見失う。山に響く仙山線の通過する音を聞き取れば、もう少しで葛岡ルートとの分岐点へと至れそうな場所だ。ここまで来て道筋が消えてしまうとは…。

 諦め切れずに後日再踏査し、道筋を発見する。

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 放山地すべりの上端部と言える斜面や崖の縁近くを進んできた道は、大崩落地で一旦崖の縁から離れてクランク状に進んでいた。上画像は大崩落地に背を向けている方向。

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 一見すると単なる藪の斜面。よく見ると微かに踏み跡らしき痕跡が…?

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 左の視界に崖の縁を見失わない程度の位置を、微かな踏み跡が続いている。傾斜は結構あり、急いで上れば息が切れる。

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 ほどなく道筋は再び崖の縁近くを進むようになる。

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 踏み跡も踏み跡らしくなってきた。だが、この場所…。

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 黄色破線「郷六ルート」(左)と橙色破線「葛岡ルート」(右)の分岐点だろうか?崖の縁は比較的滑らかになり、その向こうにはやはり微かな踏み跡らしき道筋があるような、ないような…。

 ここからの「郷六ルート」探索は崖と藪との戦いになりそう(危険そう)なので諦め、一先ず「葛岡ルート」を進むことにする。ここから「葛岡ルート」を進んでも、もう1箇所「郷六ルート」に分岐する道筋があるはずなのだから。

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 「葛岡ルート」の斜面を上る。

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 少し名残惜しく、「郷六ルート」方向を崖上から見る。道筋っぽいのを脳内で辿ることができる。果たして行ける道なのかどうか…。

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 「葛岡ルート」の斜面区間が終わり足場は平坦になった。その地点、放山地すべり側の崖縁に倒れたコンクリ標があった。崖側に倒れており、最寄の枝に劣化した赤テープが付けられていたから気付いたようなものだ。覗き込んで見る。

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 地盤を失い土台ごと倒れたコンクリ標。刻まれた文字が…?

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 「常監木」…?「常時監視・監査する木」という意だろうか。山を登り切った感のあるこの場所、且つ放山地すべり域の外縁で最も高い場所でもあるこの場所に生えている木を、どこか遠くから監視でもして山の異変を察知しようとしていたのだろうか。当地の地すべりが如何に警戒され続けてきたかを物語る過去の遺品だろう。今は目視による監視ではなく、計器による常時自動観測という時代になった。このコンクリ標はいつ立てられたものだったのだろうか。

 思いを馳せながら一服休憩し、そして再び歩み始めた。(つづく)

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