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January 2014

January 26, 2014

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2014③

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 保存会の一行は参道を歩み切り、いよいよ神社の拝殿へ向かうための順番待ち。今年のどんと祭は平日開催であったが、保存会が訪れた時間帯は午後6時過ぎの参拝ゴールデンタイムで広い境内も混雑はピーク。 

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 しばしの待ち時間の後、一行は拝殿脇へと進み始めた。

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 保存会の依代も進む。

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 奉献される餅も運ばれて行く。

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 黙々と鉦を鳴らし進む。

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 拝殿脇から本殿の裏手へ。

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 照明設備の光もほとんど届かないような暗い本殿の裏手で、幾度か九十九折に列は進み行く。

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 暗闇を進み、歩みを止める。本殿裏では先行団体の参拝ペース次第で幾分か待たされては少し進む、の繰り返し。

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 祈願板も暗闇を進む。

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 暗闇では、提灯の明かりが仄かに。

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 男たちは一定に揃えて鉦を鳴らし続ける。

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 今年も清山会さんとの混成隊列を構成。また、サイト工業さんも初めての裸参りということで保存会と一緒に参加した。

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 神の住まう本殿の脇で。

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 お参りの鉦は振り鳴らされ続ける。

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 歩みを止めることが多い場所であることと、辺りを囲う神寂びた森からの冷気が、体温を奪っていく。

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 少しずつ進んでは、本殿の裏手を幾度か往復。

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 付人もそれは同じ。

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 整然、黙々、力強く。保存会の真骨頂。

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 参拝の順番待ち最前列も保存会となった。用意されている提灯は、奉献物を納めた人が帰り道で持つためのもの。まさか手ぶらでは帰れない。

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 拝殿脇で祈願を果たす時を待つ。

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 震災により被災した人々への思いを願いとして届ける。

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 さあ、いよいよ拝殿へ上がる。

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 付人が含み紙を外してくれる。

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 踏み出す。(ピン甘とブレで大失敗画像ですが)

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 拝殿へ上がり、奉献物を納め、参拝。

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 御神酒を頂いて、拝殿を下りる。

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 行程も後半となる。

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 参拝・祈願を終えた一行はどんと祭の御神火へと向かう。

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 参拝・祈願を終えても、裸参りが終わったわけではない。裸参りはその団体の拠点まで気を抜かずに鉦を鳴らし続けて帰ってこそ完遂されるもの。

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 鉦の音高らかなままに。

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 御神火まで一行は辿り着いた。

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 次々と腰の注連縄が取り外され、御神火に投げ入れられる。

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 神社の境内で見られる光景としては、御神火の周囲を廻る姿がオーラスとなる。

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 雲外蒼天。その思いは来年の裸参りまで。本当なら、一刻も早く被災地に至極当たり前の暮らしが戻ることが望まれるが、この3年の経過を見れば、まだまだ時間は掛かりそうだ。

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 境内を後にする保存会一行。

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 帰りの道でも毅然と颯爽と。

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 お参りを果たした姿を地元に見せることも務め。

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 行きも帰りも、多くの地元の方々に声を掛けられる。

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 今年のお参りも終わろうとしている。

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 醬油屋の前を過ぎ、右折。

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 杜の館へと続く道へ。

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 帰るまでがお参り。

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 無事にお参りを終えて、真剣だった顔もやっと綻ぶ。

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 付人は後片付けに忙しくなる。

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 今年も皆様お疲れ様でした。私は今回が3回目の保存会随行だったのだけれども、震災後最初のどんと祭で大混雑した一昨年、大雪に見舞われた昨年と比べれば、例年並みという感じの今回だったのでしょうか。

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 そして、カメラ振り回す私にご配慮いただきありがとうございました。

 装束を解いた皆様は道具と館の後片付けをし、解散。有志で「直会」に参加してお参りの行程をそれぞれに労ったり、付人の働きに感謝したり。私も参加させてもらい楽しいお話が出来ました。

 また一年。また来年。これからの一年、来年に向かう前向きな気持ちがちょっとだけ、新年早々に持てた感じがしました。

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January 24, 2014

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2014②

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 裸参りの男たちの装いが整いつつある頃、杜の館の外では提灯の準備が始まる。

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 一つ一つの提灯に火を点して行く。最近は電球仕様の提灯も見受けられるが、保存会は昔ながらの蝋燭による灯だ。

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 揺らぐ灯。本物の証。

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 高張提灯にも火入れ。

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 館からは男たちがいよいよと出てくる。

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 祈願板も持ち出され、抱え方を確認中。

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 奉献されるものも次々と。

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 出発前の恒例、記念撮影に臨む。

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 さあ、準備は整った。

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 いつ見ても壮観。

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 今年は、杜の館に残されている天賞酒造時代の門扉から隊列前方を構成する主要人員の出発姿を再現。天賞酒造由来の保存会らしい演出がとても良かった。

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 往時の天賞酒造の裸参りの夜が見える。

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 地元民としては、鉦の音だけで天賞酒造の裸参り一行が来たものだと察していた昔。

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 その系譜を受け継ぐ保存会が「雲外蒼天」を掲げ詣でる。

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 いざ、出発のとき。

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 暗き夜道に歩を進め始める。

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 杜の館前から八幡大通りへと向かう。

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 大通りは以前までは交通規制を大々的に行っていたが、今年はほとんど規制らしい規制も無いに等しいくらいで、大崎八幡宮の直前くらいになってやっと車道1車線が歩行者用に規制されている程度。普段からの歩道は一般の参拝者や帰り道の裸参り他団体などが大勢行き交い、混乱も極み。隊列を維持するのも大変(撮影するのも大変)。

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 そのような混乱の中でも黙々と。

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 奉献される数々の品と祈願板に込めた思いは運ばれる。

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 鉦を真上まで。保存会では当然のスタイルだが、他団体では数少ない光景。今年は保存会以外でも同じようなスタイルを持つ団体を見掛けた。もっと身も心も「本当のお参り」が広まってほしい。

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 車道を歩ける区間でも、やっぱり他の参拝者が多いから窮屈。(撮影画像もそのようなものばかり多産してしまった。)

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 大崎八幡宮の鳥居をくぐり、いよいよ境内へ。

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 黙々堂々と進む一行の姿はいつも息を呑む。

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 一層、昂る。気合が乗る。

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 階段を上がる。神は鉦の音を聴き、お参りを終始見定めている。

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 比較的歩き難い石畳は古式床しい風情のあるもの。

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 拝殿の位置が見えてくる。

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 凛として。

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 祈りを届ける。

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 願いを掛ける。

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 雲が去れば、蒼い空が必ず広がる。

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 参道の歩みを終えた。拝殿・本殿の周囲を回り祈願を果たすときが近付く。(つづく)

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January 21, 2014

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2014①

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 1月14日、一昨年と昨年に引き続き今年も「仙臺伝統裸参り保存会」の皆様の様子を撮るべく追い掛けさせていただくべく、平日ながら夕方前には保存会の拠点となっている「八幡杜の館」に到着した。仕事は主要な部分を午前中に片付けて、午後からは休暇という扱いで。もちろん仕事に重大且つ緊急の課題が残っているような状況では撮影には向かえなかったので、この点では運が良かったというか幸いな日であった。

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 裸参りとは、…と、毎年のように同じことをコメントしても仕方がないだろうか?一昨年や昨年の記事などを見ていただくとしようか。

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2012① とか、

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2013① などに、大崎八幡宮のこと、松焚祭(どんと祭)のこと、仙台裸参りのこと、仙臺伝統裸参り保存会のことなどが触れられているので、今回初めてこのブログや裸参りのことに辿り着いた方などはお読みいただけたら。

 また、当ブログ左下リンク欄に仙臺伝統裸参り保存会サイトへのリンクもさせていただいているので、そちらから公式的な説明を得て頂くことが最良かと。

 さて。

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 杜の館へ到着すると、毎年恒例となった「裸参り説明会」は既に終わった時間であり、いよいよ裸参りそのものの直前準備が始まろうかという頃合だった。

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 今年はこんな感じにディスプレイして説明会をしたのかな?と思いつつ、あまり考えてる暇もないのでいろいろ撮り始める。

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 捧げられる運命を背負った鯛。メデタイ鯛。

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 腰用の注連縄が山積みに。聞くところ、これまで注連縄作りをしてくれていた方が事実上の引退状態となり、今回は調達先が急遽変わったのだとか。

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 いよいよ(というか到着してすぐの私的には、もう?)注連縄の準備作業が始まる。

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 ぎっちり締まった注連縄を少し緩めて紙垂(しで)を挿し込んで行く。

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 今年はカメラの数が多い…。随分と取材など多いようだ。

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 注連縄の準備作業が一段落すると、外では本隊の行進練習、屋内では付人たちのミーティングが始まった。

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 裸参り本隊が無事に、そして勇壮なままにお参りを成し遂げられるべく全力でサポートする付人たちの存在は大きく重要。付人というサポート隊を疎かにした裸参り団体は時に惨めな憂き目を見る。

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 もうちょっと、鯛の尾を元気良く。妥協しない。

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 TV取材に対し会長さんが祈願板の説明。今年の祈願は「雲外蒼天」。困難を乗り越え、努力して克服すれば快い青空が望めるという意味。東日本大震災以降、一貫して震災・被災地やこれに伴った世相に意識を向けたメッセージを放つ保存会の祈願板。「震災復興」、「不忘復興」、そして「雲外蒼天」。震災後の1年、2年、そして3年を迎えようとしている今、その時々の世相へ敏感な人ほど、切実さが増して響く。

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 保存会の源流、天賞の酒も奉献される。

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 空の明るさが仄かに失われつつある頃。

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 付人たちの身支度が整えられる。裸参り本隊の人たちの身支度を手伝う関係上、いち早く自分たちの準備は終えておかねばならない。

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 大先輩から若手への静かなる激励が温もる。

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 付人たちの身支度が終わると全体ミーティング。

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 祈願板に記された言葉も語られつつ、裸参り隊列を構成する各ポジション要職者が発表されていく。

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 私の歳ほども裸参りを続けてきた古参の雄にはプレゼントが用意されていた。雄であり勇だなぁと思う。かの林子平は「勇は義の相手にて裁断の事也。道理に任せて決定して猶予せざる心をいう也。死すべき場にて死し、討つべき場にて討つ事也。」と説いている。裸参り保存会にて長らく裸参りを続けていらっしゃる方々皆様の姿を拝見するに、男女を問わず「勇」だなぁと思わせられる。

 そしていよいよ。

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 禊。

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 保存会特製の氷水で水垢離。

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 身も心も清まる。

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 禊を終えたら身支度へ。

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 晒を腹に巻いてからでは屈んだ作業が厳しくなる足元から。

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 続いて晒を巻く。

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 身が引き締まると同時に気持ちも。

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 杜の館の中は慌しさを増す。禊を終えた男たちは次々と装束を整えて行かねばならない。

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 鉢巻。

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 注連縄。

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 鉢巻。余分を切り落とす。

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 注連縄。余分を整えてまとめ上げる。身支度に妥協をすると神前に赴く頃には着崩れしてしまう。それは神に対して失礼でもあり、その神の膝元でもある地元を代表する保存会としては恥。

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 今年も地元の大御所様が代表役。

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 出発への準備は整いつつあり。

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 昂る気持ちを内に押し込め、その時を待つ。(つづく)

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January 14, 2014

Carl Zeiss Distagon T*1.4/35mm ZE

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 連日のように昨年のことや画像をUPし続けて、今回がやっと今年のことの記事です(汗)。例年のように年末年始はちょいちょい仕事をしつつ過ごし、せいぜい近所の神社に行くことくらいしかしなかった。初売りで安く売られるようなものに必要性を感じて欲しいものは無いし、なぁ…。

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 近所の神社で正月らしいものを撮ろうかとカメラぶら下げて歩いてみたけど、特別正月だっていう感じの画像もそんなに撮れず。

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 ちなみに冒頭以降の以下モノクロ画像はCarl Zeiss Planar T*1.4/50mmで撮ってる画像たち。記事タイトルにある1.4/35mmは、このときオークションで入札中の品。

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 Carl Zeiss Distagon T*1.4/35mmって、良い状態の中古が安価な額からオークションって感じではなかなか出ない。んだけど出てたんで、まず最初の入札を済ませておいた。

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 日本語力が不足しているのか説明不良感が否めない出品ページだったし、掲載画像も違うレンズのものが出されてたりと、質問も複数寄せられているような状態だったけど、出品者の言い分を信じれば良品以上の品であり、使用頻度の少なさが窺えた。

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 で、終了時間間際になって再チェック掛けると当然複数の入札が入っている。が、思ったほど高額になっていない。私の中の相場では最低あと5千円は付きそうなんだが…。これから競るのか?残り10分になるところで一撃を入れて様子を見た。

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 ら、誰も競らずにそのまま終了ι

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 さて、落札してしまった夢のレンズ。現物が届かないことには、この夢が良い初夢だったのか悪夢だったのか分からない…。

 で、数日後。

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 届いた。

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 当たり前の部分であるフード取り付け部分とマウント接合部くらいにしかスレのない、極上品だった♪

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 で、11日(土)に試写。やっぱり近所の神社で。

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 マニュアルフォーカスレンズだから、面白い。もちろん写りは最高。

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 マニュアルフォーカスレンズだから、動いているものは苦手。もちろんそれでイイ。

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 今後、Planar 1.4/50mmと一緒に持ち歩いて楽しめる。

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 神社に住む白ノラネコは…神の化身?

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 このレンズはPlanarと違って、積極的にカラー志向で撮りたいかも。

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 そこそこ寄って撮れるし、万能かも。

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 特に被写体に目的のないカメラ散策には単焦点レンズ、になるでしょう。

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 余談だけど、既にこの日には「どんと祭」で焚き上げられる正月飾りなどの山が作られ始めていた。

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 今年は平日の「どんと祭」。昨年、一昨年とお世話になった仙臺伝統裸参り保存会の皆様をまた追い掛けて撮りたいのだけど、連休明けの平日ということもあって易々とは仕事を休めない日。とりあえず片付けなければならないことを片付けたら仕事を早退させていただいて撮りに駆けつける予定。

 まあ、撮らなくたって普段より少し早く退勤させてもらわないと、この日は近所の交通規制で帰り難くなっちゃうんだけどね…。

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 さすがに「裸参り」を単焦点レンズで追い掛け回して撮ることは非現実的なので、この35mmレンズの出番はほとんど無いだろうけど。

 ともあれ「裸参り」の撮影ができるように仕事が山積されないことを祈ることと、今後このCarl Zeiss Distagon T*1.4/35mmで長く楽しませてもらえることを祈りつつ、この記事をUPして就寝するのであった。

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January 13, 2014

2013年プレイバック「Carl Zeiss Planar T*1.4/50mmで撮ったもの:その弐」

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 さて、やっとこの記事で2013年関係のものも終わり。一挙に画像を取り留めも無く掲載してしまおう。

 で、11月に歩いた子どもの頃の遊び場というか地域に残る、古いものなんかにレンズを向けて撮ったものたちから。

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 某温泉旅館跡。

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 この長屋の存在は昭和23年(1948年)時点の米軍機空撮写真でも確認できた。

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 何の変哲も無く見えるものばかりだけど、個人的には懐かしいもの、光景にレンズを向けている。

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 これは、実家跡。

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 失神するほどの大怪我を負った場所。

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 実家があった場所。擁壁が築かれて土地が狭くなっちゃってるけど。

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 その後、近所の紅葉を撮ったりもした。

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 大したこと無い光景ばっかり撮ってるなぁ…。

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 たまには近所を離れてのカメラ散歩。

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 たまに深夜、NHKでSL映像を流してるけど、思わず見入っちゃう。

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 ネコを見かけると思わず撮りたくなる。って人は多いのか少ないのか。

 で、12月も末に秋保方面へフラッと。

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 長崎から里帰りした仙台市電車両モハ100形(改番1050形)を通り掛かり程度に撮ったりして。

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 年賀状も投函し終えている大晦日になって。

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 近所の神社で2014年の干支、ウマに会う。

 昨年は、たっぷりとこのブログ更新をサボってしまった。せいぜい月刊程度に何かを更新せねばなぁ…というのが今年の課題でしょうか?

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January 12, 2014

2013年プレイバック「Carl Zeiss Planar T*1.4/50mmで撮ったもの:その壱」

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 一昨年の夏に入手した Carl Zeiss Planar T*1.4/50mm レンズ。扱いに慣れてきたこともあって昨年は秋頃からカメラに付けっ放しに近い状態で持ち歩くことも多くなり、自身のスナップレンズとして重宝した。

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 基本的に撮るものは「気になったもの」全般なので、深い意味が無いものも多い。とりあえずそんな画像たちを取り留めも無くUPしてみよう。

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 冒頭からここまでの3枚は、昨年の職場関連の新年会会場だったホテルで撮ったもの。

 で、以下しばらく10月に近所を散策して撮ったもの。

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 誘拐犯標識っぽい。

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 混迷ニッポン。

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 スッキリしないニッポン。

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 国際フン争その1。

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 その2。

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 下画像以下11月。

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 ?

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 フリー○イソン?

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 何の穴?

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 ↑青葉電気工業発電所(愛宕下水力発電所)導水口。

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 先の大戦によって生まれた仮設住宅地の現在。立ち退きの進む某住宅地。言い換えれば、今なお立ち退きが完了しない某住宅地。

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 モクリコクリの碑。

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 いつから存在する墓なのか。

 で、まだ画像があるんで、もう1回UPしなきゃだな。

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January 11, 2014

2013年プレイバック「星空撮影」

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 昨年頃から星空を撮る機会が増えた。それまでは撮っても高感度ノイズ的にも解像度的にも少し厳しい EOS 50D と SIGMA 10-20mm F3.5 EX DC の組み合わせでの撮影がほとんどで、イマイチ皮一枚剥けてくれないとなぁ…と思うような星空画像ばっかりだったのだけど、EOS 5D MarkII と EF16-35mmF2.8L II USM の組み合わせで撮れるようになって若干改善。んで、撮影機会が増えたってワケ。

 上画像は昨年3月上旬の泉ヶ岳方向。大倉ダムと七北田ダムの中間付近から撮影。この日は 5DMarkII とレンズのマッチング、撮影設定関係の確認とお勉強のつもりで何枚か撮った。

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 LEDライトで、獣の足跡をなぞって遊んでみたりもした。

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 上画像は3月中旬の熊ヶ根橋下流にて。

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 北斗七星と愛車を。空の右側の仙台市街地の街明かりが強いね、熊ヶ根辺り程度では。

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 上画像は同じく3月中旬、職場の窓から夕闇迫る空のパンスターズ彗星を撮ってみたもの。肉眼では見えなかったけど、カメラだと割とはっきり写った。

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 5月頃には深夜になれば夏の天の川が綺麗に見えるようになる。んで、奥新川の直流変電所跡で星空撮影に興じる。ココで遊んでた理由はもう一つあって、自作簡易電動タイムラプスドリーの開発テストも並行して実施していた。

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 鉄骨の感じが素敵で、その後もドリー開発に通うこととなった。自宅から1時間で到着できる手頃な場所でもあったしね。

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 上画像からは入手した魚眼レンズSIGMA 15mm F2.8 EX DG DIAGONAL FISHEYE での星空試写。5月下旬。

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 この日は魚眼のテストとは言え、魚眼でばっかり乱撮しまくり。タイムラプスドリーのテストもしていたけど、撮影をセットしたら基本的に2時間ほど放置なので、その間に魚眼で遊んでいたようなもの。

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 上画像からはSIGMA 20mm F1.8 EX DG ASPHERICAL RF での星空試写画像。ソフトフィルターを付けているので明るい星が強調されている。6月上旬。

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 実はちょっとピンと合わせに失敗して撮りまくっていた(汗)。

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 このフィルターだと星が大味になりすぎるかな…。違うフィルターも検討してみようかな。など思いつつ、帰り際に魚眼でも天の川を狙ってみた。

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 上上画像が15mm魚眼、上画像が20mmで。

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 6月下旬になって自作ドリーが一応の調整完了、完成となった。開発終了となった際のテスト動画は以前の記事「プレイバック・カメラ関係」に掲載しているもの。この時は夜半前から山の稜線を月が昇ってくる夜だったけど、月の光もさることながら雲の動きもよかった夜だった。

 8月にはペルセウス座流星群を撮影。カメラを向けた中心に大きく明るい流星が流れることは無く、端っこにばかり写った。それを動画化したのが下。眼を凝らしてみれば?流星が一瞬流れているのが分かるかも?ね。(ゆっくり横切っているのは飛行機や人工衛星。)

 ペルセウス座流星群のピークの夜は、仙台市内も平地よりではどこも薄曇。あちこち移動して雲の少ない十里平に辿り着いて道端での撮影だった。本当は奥新川の変電所跡で撮りたかったのだけど、行ってみたら林道の路肩が崩れてて200mほど手前で引き返すしかなかったということもあった夜だった。

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 10月には蔵王刈田岳山頂駐車場で少しだけ星空撮影。

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 ドリーも持って行ったけど、猛烈な強風のために使用せず。冬の天の川を何枚か普通に三脚固定で撮影したけど、風を身体で遮っての撮影だった。

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 11月になってやっとドリーで撮影。動画編集用に撮ったので、ドリーを使わず連続撮影した画像は上のように合成して光跡画像としても楽しめる。撮影地は松島・雄島。

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 右奥の話の中に白い紐のような光跡があるけど、これは私のLEDライト。

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 それほど寒くも無い夜で、最初はベンチに座ってコンビニケーキなんか食ってノンビリ撮影していたけど、夜明け間近に急に冷え込んで寒くなった。

 2台のカメラ(5DMarkIIと50D)で撮った総カット1,342枚を動画化したものが下。

 午前0時過ぎから夜明けまで、1枚あたり20秒露光で撮影。星空というよりも月光風景を撮ったような感じだろうか?

 もうちょっと高感度に強いカメラ機種を導入して…なんて思いも過ぎるのだけど、タイムラプスばっかりやってたら短期間に何枚撮ることになっちまうんだろう…。あっという間にカメラが消耗して壊れそうなんで、ほどほどに今持ってるカメラで楽しもうと心に誓ってみた。壊れてから高感度に強いカメラを買うべきだな、と。

 今後も時々、夜空にカメラを向けて行くんだろうと思う私。画像処理をもっと学ばなければなぁ…。

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January 10, 2014

2013年プレイバック「JB23Wバッテリー・オーディオ交換」

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 昨年の年明け以降、氷点下になるとエンジン始動時のセルモーターの回転がすこぶる元気が無い状況になり、寒い日ほど不安になっていた。場合によっては5秒以上セルモーターを回してもエンジンが始動しないという衰弱ぶり。

 新車購入したのが平成17年の愛車JB23W5型。7年半ほどメンテナンスをしていないバッテリーだった。よくぞここまで頑張った、と言っても良いのかな。自宅でも職場でもないような出先でエンジン始動不能となったらイヤなので、2月末にバッテリー交換をすることにした。

 新たに搭載するバッテリーの規格を悩むのだけど、安物ですぐヘタレてしまっては元も子もない。だけど、メッチャ高い高性能バッテリーを搭載するほどの車でもない。日本屈指のオフロード走破性を誇るジムニーだけど、所詮「軽」だし…。

 で、いろいろ検索して。

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 Panasonicの「caos」に決定。JB23W5型に標準搭載のバッテリーは55B24Rだけど、容量アップを結果的に図って75B24Rを購入。余談として「75」は容量や性能特性、「B」はバッテリー短側面JIS規格サイズ、「24」は長側面長さ(cm)、「R」は+端子を手前にしたときの端子位置の左右の意味。容量以外を変更すると搭載不可能なんてこともある。

 この「caos」、最初は某カー用品店で見掛けていたのだけど2万5千円ほどと、軽自動車に搭載するには極めて高価…。でも、ネット通販で見つけたものは使用済みバッテリー回収チケットも付いて1万円ちょっとほど。1万5千円近くも安い!?思わず偽物かと疑うくらいだったが、思い切って購入した。だって、メーカー公称性能を考えれば(信じれば?)安い買い物だと思ったんで。

 従来品比1.7倍の長寿命化、1.8倍の高速充電性能、軽量化、補水メンテ不要、オーディオの音質向上、などなど。JB23Wに合うサイズ「B24」を選択するとラインナップの関係から容量「75」になっちゃったんだけど、それはヨシ、だし。

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 で、固定金具と端子を外してトレードインするだけなので交換作業はアッサリ終了。

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 こちら、取り外したお役御免のバッテリー。トラブル&メンテナンスフリーで7年半、ご苦労さんでした、ありがとう。その後、caosのパッケージに詰め込んでcaosの購入先へと引き取ってもらった。送料だけ負担して引取料は無料って感じでね。

 交換後は寒くても軽快な一発始動が復活。特に交換直後の体感的にはセルモーターの回転が速過ぎやしないか?と逆に心配になるほど元気ビンビン♪1年近く経過した今も不安なく始動しています。(ま、1年程度だし当然と言えば当然なのだが。)

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 その後、夏も終わりの頃に思い立って交換しようと取り掛かったのがオーディオ。納車時から搭載していた特別装備のClarionだったが、CDデッキもMDデッキもクリーニングディスクを使ったくらいでは解消しない読み取り不良が慢性化。ラジオ程度しか使えなくなって久しかったのだが。

 作業を始めようとしたら駐車場のノラネコも遊びに来た。ので、おやつを与えつつ。

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 とりあえず、JB23W5型オーディオ交換作業の工程などをご紹介。

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 まずは灰皿を取り外し、灰皿固定金具のビス3本(手前2本、奥1本)を外す。

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 灰皿固定金具が外れるが、電球コードが付いているので無理には引っ張らないほうが良い。外した灰皿固定金具は灰皿スペース穴に斜めに突っ込んでおく。

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 センターパネルの下側に手を掛け少しずつ手前に引っ張る。パコッパコッとツメの引っ掛かりが取れ、パネルが浮いてくる。

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 下から引っ張ると最後に残るエアコンルーバー付近の引っ掛かりを外す際はツメを折らないように少し慎重に。ハザードランプスイッチのコネクターを外し…。

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 パネル下部のシガーソケットのコネクターも外して、センターパネルが外れるようになる。

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 パネルが外れたセンター部分。オーディオ左右のマウントステー部分のビスを外す。

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 ステーごとオーディオをごそっと引きずり出し、裏面の配線コネクターとラジオアンテナ線プラグを抜く。

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 オーディオを抜いた状態。

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 外した配線コネクター(青)と、その左側のラジオアンテナ線プラグ。ちなみに私のJB23W5型ランドベンチャーでは、この青コネクターに適合するオーディオ配線用ハーネスが…。

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 ホンダ車用のコレだった。某カー用品店で千円ちょっとの品。

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 ハーネスを接続。コネクター1つの接続だから何も問題は無いけど。

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 続いて、購入したオーディオ付属のオーディオ側専用ハーネスを、配線1本1本の役割(フロント右スピーカーだとかリヤ左スピーカーだとか電源だとか)を間違わずに接続する。

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 取り外したオーディオからマウントステーを取り外す。

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 マウントステーのみ。

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 2DINオーディオから1DINへの付け替えのため、残った1DIN分スペースにはポケットを差し込み、ドリンクホルダー化することにした。けど、ポケットは入手できたけどドリンクホルダーが入手できなかったので暫定的にポケットだけ。

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 オーディオ裏に専用配線コネクターとラジオアンテナ線プラグを差し込んで、オーディオを所定の位置にセット。マウントステーをビスで再固定。

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 あとは逆の手順でセンターパネルを戻して完了。

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 新たに取り付けたオーディオは某カー用品店で安売りされていた1万円もしない品。CDデッキにUSB端子付き。もうMDはさすがに使わないでしょ…。

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 作業時間は、手順さえ事前に心得ていれば1時間と掛からない。おやつを食べ終えたノラネコでさえ、飽きることなく私の作業に最後まで付き合って居てくれたニャ~。

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 後日、ドリンクホルダーを入手してポケットにセット。ポケットとドリンクホルダーはセットに出来るように規格化されている商品で、別々に買って組み合わせることが出来るって代物。JB23Wなどジムニーの純正ドリンクホルダーは運転席と助手席の間にあって、運転中は特に「視界の外のドリンク」を手探りでつかまなければならない不便さがある。これで不便を解消すれば利便性も上がるというもの。

 さて、2013年末には走行距離が9万kmを超えた。我が愛車も今年、大台の10万kmへと達することだろう。

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January 09, 2014

2013年プレイバック「カメラ関係」

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 自身の趣味として定着し切った感のあるカメラ関係。まあ、趣味レベルなので撮ってる画像に特別なものは無いけれど、とりあえず2013年の私のカメラ機材関係のことでも総括してみることに。

 で、早速の上画像は、2013年初頭に購入したレンズ「Canon EF16-35mm F2.8L II USM」で試写程度に撮った星空。そう言えばレンズ筐体そのものを撮影した記憶がない…。新品を買ったけど特別なレンズっていうノリではなく実用性のために買ったので、レンズそのものを撮る気がきっとしなかったんだね、私…。(星空系の画像は後日まとめてUP予定。)

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 5月には。

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 こんなものを自作。

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 レール上の台車に固定したカメラが分速約1cmで、レール左右間を約2時間かけて移動するという「自作簡易電動タイムラプス(微速度撮影)ドリー」。総製作費は1万3千円+持ち出し雑材。製作費に三脚と雲台、カメラとレンズ代は含まないけど。

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 上画像は、カメラ台車を牽引する巻き取り糸の動力部。

 微速度撮影っていうのは、簡単に言えば静止画を高速スライドショーで動画化して早回し動画にするようなもの。私は星空の動きを撮るのに用いる撮影手法だけど、他にも雲の動き、植物の成長など、通常の動画撮影では変化が分かり難い超スローな動きや変化をする被写体への撮影に効果を発揮する撮影手法。

 で、自作ドリーでの試写動画が下。(1シーン目はドリーでカメラを動かして撮影したもの、2シーン目は定点固定撮影でソフトウェア側でズームアウト効果を付け加えたものです。)

 2シーン合計で501枚の静止画を利用。月が昇り始める夜に、1枚あたり15秒または20秒の露光時間で2台のカメラで撮影したもの。ドリー(またはカメラスライダー)に乗せたカメラも超スローに動かすことで、出来上がる動画も定点撮影ではなくなり上動画のように星空だけではなく周辺の景色も動いて面白くなるので作ってみたのだが…自作ドリーがどんなモンだったか詳しくは私の画像系ブログの記事のほうを見ていただくとして。(星空系の画像をまとめてUPするときに動画も掲載する予定ではあるけれど。)

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 5月末に「SIGMA 15mm F2.8 EX DG DIAGONAL FISHEYE」の中古を購入。星空撮影で使ってみたかったのが最大の動機。

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 歪むねぇ…。

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 広いねぇ…。

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 面白いねぇ、ということで買ってヨカッタ。星空画像は後ほど、ね。

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 魚眼の翌週には「SIGMA 20mm F1.8 EX DG ASPHERICAL RF」を中古で購入。これも最大動機は星空だけど、20mmという焦点距離でF1.8という開放絞り値のレンズっていう部分にも面白みがあったので。

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 このレンズにアリガチな「片ボケ」症状もない個体で、中古で大満足。

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 絞り開放値付近では周辺減光も生じるけど、これも味として許容するのが私。解消したいときはソフトウェア(Lightroom)で補正できるプロファイル登録レンズでもあったので便利。

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 階段の先は壁なんですが…。

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 昆虫撮影には不向きだけどね。2週連続でSIGMAレンズを中古ながらも入手して、大満足週間でありました。

 あと、年が明けて早々に1本追加したレンズがあるけれど、2013年のことじゃないので記事にするのはそのうちに、ということで。

 カメラ機材ではなく趣味としての2013年を総括して言えば、星空を撮ることが増えてきたこと、「Carl Zeiss Planar T* 1.4/50mm」を使ってスナップすることがとても多かった(楽しかった)こと、モノクロ前提で撮りたいなぁと出歩くことも多かったこと、などかなぁ。

 そんな画像たちは今後UPです。

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January 08, 2014

初冬の松島散策

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 昨年の12月1日の早朝、夜明け頃から松島海岸付近を散策。秋の名残り(遅い紅葉)を撮り歩こうと思ったのだ。

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 冒頭の海画像を撮った後、五大堂付近を歩いてみたけど秋の名残りはほとんどなく、少し明るくなるのを待って瑞巌寺境内へ。

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 瑞巌寺と言えば。

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 岩窟群が私の好物。

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 紅葉も残っていて雰囲気が良かった。

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 紅葉がない場所でも、普通に岩窟群を見て歩くのが楽しい。雰囲気が好き。

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 2階建て?岩窟。

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 まだ誰か住んでるような…錯覚。

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 瑞巌寺の参道の南側(画像右側)は随分淋しい木立の密度。塩害で枯れた訳だけど、波に全てを浚われるようなことにならなかっただけ幸い。

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 所々で12月の黄葉を楽しむ。

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 この日は5DMarkIIにPlanar50mmF1.4、50Dに70-200mmF2.8でいろいろ撮影。

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 料亭の門戸の格子越しに花も少々。

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 門戸には夏の忘れ物がしぶとく付いたままだった。

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 水族館裏から海っ縁を雄島まで歩けるルートも通行止めが解除されていた。

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 雄島に渡る橋の手前の岩窟内を魚眼レンズで撮ってから、Planarはお休み。

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 再建された縁切り橋こと渡月橋。やっと雄島へ行ける。橋が渡れる!(何かの縁を切りたいワケじゃないよ)

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 橋を渡ってすぐの石仏さんにも久々にご対面。相変わらずの貼り付けられ様…。

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 雄島内を散策。間近の松に、藤の種を突くコゲラの姿。

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 海の眺めも相変わらずの雄島。遊覧船から聞こえる奇声?も相変わらずだったけど…。

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 野花眺めてます。

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 秋の名残りもほどほどに堪能でき、雄島にも久々に行けたし、気持ち良く歩けたし。

 で、昼前には帰宅して昼寝。

 そんな一日だった。

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January 07, 2014

2013年・秋の桑沼

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 まだまだ続く昨年ネタ。10月23日の早朝に泉ヶ岳の奥、桑沼まで行って紅葉を楽しもうとしたわけで。

 ただ。

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 風が強くて小雨も時々。幸い青空も少しは見えて、僅かな陽射しを期待したり。

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 ちょっと黄色が美しくない葉が多かったかも…。

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 色付いてはいるものの思ったほど美しくない葉の状態に、目線は湖面に移ったり。

 そしたら。

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 陽射しが山を照らし、照り返しが…。

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 あまりの鮮やかさに「黄泉」なんて言葉が頭を過ぎったが。

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 天気が良くなくても行けば一時の何かは拾える。…かも。

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 でっかい虹も出てました。

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 まぁ、気分転換程度の散歩と考えれば充分過ぎる、ちょっとしたお出掛けであって。

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 沼から戻ってきても虹が出続けていて。

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 割と激しい雨に打たれながら撮りましたとさ…。

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 麓に下りても虹は健在。道端でスマホなんかで撮る人多数。雲の彼方、山々の彼方まで越えて行ってそうな虹に見えました。

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January 06, 2014

秋の蔵王へ

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 まだ昨年の話(汗)。10月14日未明、星空を撮りつつ紅葉も撮りつつ山並も撮りつつ…といろいろ考えながら向かった蔵王連峰刈田岳山頂。夜中に車で走ってくると自宅から1時間ちょいしかかからないのね…。

 で、強風のため星空撮影はそこそこでやめて(星空画像は後ほどまとめてUP)、夜明けを待った。東の空が色付き始める。

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 この時間になると登山者やハイカーが次々と山頂駐車場に到着する。とりあえず私は50Dに70-200mmF2.8、5DMarkIIに24-105mmF4をセットして、三脚担いで準備終了。

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 さて、駐車場からあの刈田岳山頂へと向かいますか。

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 レストハウス脇を抜けて山頂方向を見る。

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 上画像は105mmで撮影。上上画像は24mmで撮影。24-105mmは使い勝手が良い。

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 眺めの良い場所まで少し登ったときには、平地より薄い空気を体感する。疲れてないのに息切れする。歩いたペースが酸素供給量以上の運動となってしまったようだ。

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 久しぶりに御釜を見たかった。

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 まさかまさか、大地震があったことで近々噴火したりは…ねぇ。

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 刈田岳山頂まで登り切ったところで日の出を迎えた。

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 山頂で迎える夜明けは気持ちが良いね。

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 一面びっしりの霜柱を踏みつけて移動する。

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 写真を撮りに来ている人、登山やハイキングの冒頭に日の出イベントを持ってきてこれから歩こうとする人、たまたま来ている人、などなど。

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 何かの節目の日ってわけじゃなかったけど、気分的に何だかとてもリフレッシュできた。

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 さて、下山かな。

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 もう一度遠くの山並に視線を移しつつ。

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 近くの山並にも視線を。朝陽で木々が黄色っぽく見えるけど、紅葉的にはそんなに濃く色付いていない木が多かった。

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 もう一度御釜を眺めて。

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 地球を感じる一日になった。

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January 04, 2014

20130923_石巻市

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 南三陸町から沿岸を南下し石巻市へと入った。津波で壊滅的な被害を受けた集落などには残るものも少ない。

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 残っているものにも津波の傷跡は色濃い。

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 そして、静かだった。

 しばらく北上川沿いを走り、橋を渡り切ろうとする時に気が付いた存在感。

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 大川小。

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 この日の道程の途中に大川小が存在していたのだった。

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 校舎の周りを一回りしてみることにした。

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 あの山を越えれば北上川河口周辺となる。その手前に新しそうな観音様が建てられていた。

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 新しい観音様と関係があるのかないのか、観音像の台座が転がっていた。

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 海抜1.12mを示した石碑が倒れていた。大川小での出来事は既に多くの人が耳にしていることと思う。最善を尽くさなかった、尽くせなかったということに至る様々な理由が結果を招いたのだろうけど、そう判断した者も、その判断に従った者の多くも、もう戻っては来ない。

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 とても重く感じられる場所だった。

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 大川小の一行が避難先に選んだ地点の近くには、多くの石碑と、なぜか獅子頭。

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 往時の風景を映した石碑もあった。

 早朝に陸前高田市を訪れ、気仙沼市、南三陸町と南下して石巻市へ。もう日没までの時間が僅かとなってしまい、女川町内は車で走り抜けつつ様子を窺い、再び石巻市内へと入った。

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 門脇小付近へ到着。

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 校舎には幕が張られ、様子が見えないようにされていた。

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 門脇小を撮った場所の道端にあった祠。

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 この日の被災地巡りはここで日没を迎え、終わった。前回巡った時から1年半ほど経過して再び巡ったのだけれど、また少し建物が減って寂しくなったのと、ほんの少しだけど動き出したことでの停滞感の薄まりを感じたという一日になった。

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January 03, 2014

20130923_気仙沼市~南三陸町

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 陸前高田市から南下、気仙沼市へと入る。

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 解体が始まった第十八共徳丸の姿があった。

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 第十八共徳丸の解体が始まったことが、この日の被災地巡りに至った理由の一つでもあった。もう、陸に打ち上げられたこの船の姿を見ることができなくなるからだ。

 周辺を歩くことにした。

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 前回来たときは春。今回は秋。

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 駅構内のベンチに座る人の姿はないが、駅前のベンチには座る人々の姿があった。

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 船の解体を見守る地域の人々。

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 「ここに私の家があったの」と語りかけてきた老女。船の解体を見守る。

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 さようなら、第十八共徳丸。

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 魚市場付近へと移動し、周辺を眺める。

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 前回来た時よりも残る建物の数は少なくなった。

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 ただ、クレーンの数が増えた。壊すことから造ることに流れがシフトしたことの表れでもあろう。

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 岩井崎の海は変わらず美しかった。

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 レストハウスの姿もチラホラし始めた岩井崎。左奥の民宿だった建物には白い幕が張られていた。解体されるのか再建されるのかは不明だが、景勝地、観光地として少しずつその姿を取り戻しつつあるようだった。

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 気仙沼向洋高校の校舎は瓦礫処理プラントに阻まれて姿が見えず。

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 沿岸を南下して南三陸町を目指す。

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 津波の傷跡はまだまだ各所に。

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 南三陸町防災庁舎へ到着。

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 この日も訪れている人の数は多かったが…。頭にコスモスの花を刺している人とか、デート気分で周辺をベタベタと歩くカップルとか、防災庁舎をバックに女性をモデル的に立たせて撮影するオヤジとか…。何かふざけた空気感を漂わす人の姿も多かった。

 この日はこの庁舎も解体方針が濃厚と言われていた時期で、案の定この数日後に町長は正式に解体方針を表明した。しかしその後、住民との対話がなされないままに決断されたこの方針は保留的に扱われ、建物も留保されている。

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 防災庁舎前から見える、あの建物は残るのか否か。

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 志津川病院の建物が解体されたことにより、また広々とした印象が強くなった光景であった。

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 傾いた街路樹。

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 チリ地震津波の被害も大きかった旧志津川町・南三陸町のシンボルともなっていたモアイ像も、流失こそしなかったが傷んでいた。東日本大震災後、新たなモアイ像が仮設商店街に寄贈されたニュースもあった。

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 美しいリアス式海岸を象徴するかのような磯。波打ち際にはまだ角材などが浮遊している。

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 景勝地、神割崎。

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 波打ち際が少し前進した感はあるが、神が割った御崎はこの日もダイナミックな波が打ち寄せていた。

 この地の伝説にもあるように、神が割ったこの地が旧村の境界線でもあり、現在の南三陸町と石巻市との境界地でもある。

 この後、石巻市へと沿岸を南下して行く。

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January 02, 2014

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 昨年9月23日のこと、夜明け前に仙台を発ち北へ。向かったのは岩手県陸前高田市。早朝に到着して程なく歩き始めた。震災後2度目の訪問。

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 この日はその後、沿岸をひたすら南下して仙台圏へと戻る予定での行動。やや急ぎ足での行程を予定していた。

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 奇跡の一本松付近には歩道が設けられ、容易に接近することが出来るようになっていた。ニュースでも知っていたが、枯死した松が樹脂注入により防腐処理が施され再建された姿となっていた。

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 松を眺める小さな向日葵。

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 松の袂へと渡る橋にはペアの錠前が。いつから存在したものなのだろう。

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 街のシンボルとして再起した松。

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 この日初めて、ユースホステルの建物を間近で見た。

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 多くの津波被災建物が消えていく中、この建物は貴重な存在となりつつある。

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 一本松付近の海岸線にはクレーンの姿も多かった。

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 松原の跡には、水没した松の根株も散見された。

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 整備が進む海岸線。重機やトラックの音が早朝にもかかわらず引っ切り無しだった。

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 道の駅方面に向かって歩く。道の駅の向こうに見えたはずのホテルの建物はなくなっていた。

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 道の駅の内部は、前回訪れたときに壊れかけていた壁が落ちるなど、少し変化があったように見受けられた。

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 この建物も残される見込みだという。向こうの山は造成中なのか、山肌が露わとなっている。

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 急峻な斜面を重機が上り下りしていた。

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 道の駅の敷地内には震災追悼施設が作られていた。

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 またいずれ、ここには来ることになるだろう。遅々として進まない印象を受ける被災地復旧復興だが、日進月歩となるよう期待したい。

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 車を停めた場所まで戻る途中、生花を背にした自転車男性の姿を見かけた。この日は秋の彼岸の中日。

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 前回来たときは、まだまだ残っている建物もあったのだが、それも僅かとなった。街の再建のためには仕方がないことであるのだが、被災建物が無くなっただけで、それ以外の変化はこれから。そんな印象を受けた。

 そして車を気仙沼市へと向けた。

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