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January 03, 2014

20130923_気仙沼市~南三陸町

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 陸前高田市から南下、気仙沼市へと入る。

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 解体が始まった第十八共徳丸の姿があった。

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 第十八共徳丸の解体が始まったことが、この日の被災地巡りに至った理由の一つでもあった。もう、陸に打ち上げられたこの船の姿を見ることができなくなるからだ。

 周辺を歩くことにした。

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 前回来たときは春。今回は秋。

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 駅構内のベンチに座る人の姿はないが、駅前のベンチには座る人々の姿があった。

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 船の解体を見守る地域の人々。

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 「ここに私の家があったの」と語りかけてきた老女。船の解体を見守る。

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 さようなら、第十八共徳丸。

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 魚市場付近へと移動し、周辺を眺める。

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 前回来た時よりも残る建物の数は少なくなった。

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 ただ、クレーンの数が増えた。壊すことから造ることに流れがシフトしたことの表れでもあろう。

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 岩井崎の海は変わらず美しかった。

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 レストハウスの姿もチラホラし始めた岩井崎。左奥の民宿だった建物には白い幕が張られていた。解体されるのか再建されるのかは不明だが、景勝地、観光地として少しずつその姿を取り戻しつつあるようだった。

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 気仙沼向洋高校の校舎は瓦礫処理プラントに阻まれて姿が見えず。

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 沿岸を南下して南三陸町を目指す。

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 津波の傷跡はまだまだ各所に。

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 南三陸町防災庁舎へ到着。

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 この日も訪れている人の数は多かったが…。頭にコスモスの花を刺している人とか、デート気分で周辺をベタベタと歩くカップルとか、防災庁舎をバックに女性をモデル的に立たせて撮影するオヤジとか…。何かふざけた空気感を漂わす人の姿も多かった。

 この日はこの庁舎も解体方針が濃厚と言われていた時期で、案の定この数日後に町長は正式に解体方針を表明した。しかしその後、住民との対話がなされないままに決断されたこの方針は保留的に扱われ、建物も留保されている。

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 防災庁舎前から見える、あの建物は残るのか否か。

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 志津川病院の建物が解体されたことにより、また広々とした印象が強くなった光景であった。

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 傾いた街路樹。

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 チリ地震津波の被害も大きかった旧志津川町・南三陸町のシンボルともなっていたモアイ像も、流失こそしなかったが傷んでいた。東日本大震災後、新たなモアイ像が仮設商店街に寄贈されたニュースもあった。

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 美しいリアス式海岸を象徴するかのような磯。波打ち際にはまだ角材などが浮遊している。

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 景勝地、神割崎。

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 波打ち際が少し前進した感はあるが、神が割った御崎はこの日もダイナミックな波が打ち寄せていた。

 この地の伝説にもあるように、神が割ったこの地が旧村の境界線でもあり、現在の南三陸町と石巻市との境界地でもある。

 この後、石巻市へと沿岸を南下して行く。

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