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December 2013

December 31, 2013

2013年夏:資福禅寺、広瀬川灯ろう流し

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 大晦日ですが夏のことの話というか画像。7月7日には通りすがりのようにフラッと仙台のあじさい寺と呼ばれる資福禅寺に立ち寄った。もう夕方の頃だったけど。

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 ちょうど見頃かしら?というような数々の紫陽花。

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 訪れている人々の数も多かった。

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 数々の紫陽花に魅了されつつ。

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 いろんなモノと絡めて紫陽花を撮るのだけど。

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 ここぞ!というようなアングルを見つけられず。

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 ズームレンズを持って来なかったのも敗因か?50mm単焦点1本のみで撮り続ける。

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 あれよあれよと敷地から外へ出てしまった…。また来年、時間があるときに数本のレンズを携行して再び、だな。

 で、夏はあっという間に後半。

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 8月20日は恒例の広瀬川灯ろう流し。平日だと仕事帰りにフラつける場所なので。

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 今年もユラユラ。夏が終わって行く光景の一つ。

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 食べ物は食べたいが…人混みの中でカメラ抱えていては余裕も無くスルー。で、花火の時間になったら路地から狙うべくウロウロ。

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 移動中に花火が上がり始めて慌てて撮影開始。

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 モノクロにしたのは結果的に雰囲気が良く思えたから。

 ああ、夏が終わって行く…。今夏は何だか平凡な過ごし方をしてしまったか?特別な何かっていう感じの思い出もないままに過ぎた気がするなぁ。

 新年、2014年になってもしばらく2013年モノの記事内容が続きますが。ひとまず。

 今年も皆様にはお世話になりました♪

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December 28, 2013

20130320_山元町

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 3月20日、宮城県沿岸南部の山元町を歩いた。到着したのはJR常磐線の坂元駅前。

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 駅のホームの土台のほか、目立って存在するのは町内案内の看板と電柱くらい。

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 駅を背に内陸を望むも、ご覧の景色。

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 駅を見る(東向きに撮影)。と言ってもホームの土台だけ。津波の後まで残っていた跨線歩道橋などは撤去されたようだ。

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 駅前より西側。

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 同、北側。

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 同、南側。

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 駅前の敷地には花壇。

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 カメラも転がったまま。坂元駅前には割と被災地見物に来る人の姿も多い。

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 券売の際に使っていた機材だろうか。坂元駅名のシールが付いていた。小銭も散らかったままだ。

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 駅舎への出入口付近か。花が供えられていた。

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 ホームに立つ。

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 南へ向く。

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 南端へ。

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 レールが撤去された線路が果てしなく続いていた。

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 南端から北を向く。ホームの途中途中で外灯の支柱が倒れていた。

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 ホームの東側にはレールがまだ残っていた。

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 外したものか、千切れたものか。

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 駅東側の景色。津波が来た方向。

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 休憩所の跡だろうか。

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 北端へ。

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 北端から南を向く。

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 ホーム上のアスファルトも所々で千切れていた。

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 坂元駅周辺の様子を見て歩いた後、車で移動しつつ所々を見て回ることにした。

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 震災慰霊碑。その隣には学校が。

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 この小学校も統廃合により廃校となった。

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 慰霊碑や小学校前からの景色。ここから北へ、仙台方面へ戻ることにした。

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 集積された瓦礫があちらこちらに野積みされていた。

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 復興作業ができない被災フォークリフト。

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 ん?あれはジムニーだ、と通り過ぎてから戻って撮影。

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 このジムニーはどこから出てきたのだろうか。被災車両の回収撤去作業が落ち着き、家屋の解体作業などの過程で出てきて放置され、そのまま回収されないのだろう。

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December 22, 2013

20130303_岩沼市~仙台市

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 間もなく本格的な春の息吹を感じそうな3月3日、岩沼市から沿岸部を北上した。仙台空港近くでは防潮堤の整備が進んでいるのか緑地公園方面への立ち入りは出来ず、その手前の住宅地で小休止する。

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 住宅地と言っても、津波被災地ではどこも同じ、家屋の基礎部分や道路を残したくらいの更地のままであって、まだまだ寂しい。近くの墓地では法要か何か行われていたようであるが、時期が時期だけに、津波で犠牲になられた方の法要だったのかもしれない。

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 仙台空港東側へ移動する。仙台空港は震災のちょうど1年前くらいに訪れ、やはりこの時季に撮影して楽しんでいた場所。しかもその撮影中に地鳴りを伴う震度4ちょっとの地震が発生したのだが、周囲に居た誰一人として津波などの情報収集や念のための避難行動などに移る人が居なかったことが印象的だった。私は即座に車に戻ってラジオ情報を収集しつつ、津波情報が得られるまではひたすら沿岸を背に西へと車を走らせたのだが。

 そんな思い出の1年後に、あの津波だった。

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 空港の様子は震災前に戻ったけれど、ほんの少し離れれば折れ曲がったままの水銀灯など、津波の傷跡は至るところといった具合であった。

 この日はあまり時間も無く、一気に北上して仙台市内へ。

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 荒浜小学校。校舎に隣接する体育館の解体が始まっていた。

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 当地も他所の場所と同様の景色。荒浜に在住で消防団活動もしている方と仕事上関わりがあり、震災前に津波のことを話したこともあった。「1000年に1度って言われる津波が来たら、逃げるところは小学校か東部道路の土手の上しかない。」旨の話は既にあり、それが現実となった。

 海岸へと向かった。

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 開眼される直前の観音様。撮影数日後に式典が行われていた(故に花や供物がまだ無い)。

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 御影石には震災犠牲者の名前。地区ごとに記され、また地区赴任警官の名前もあった。

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 日が暮れ、薄暗くなってきた。

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 荒浜はどう変わっていくのだろうか。いずれにしても海水浴場近くの町としての面影は無く、ここもまた寂しい限りのままの状態であった。

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December 12, 2013

20130210_亘理町

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 今年2月10日のこと。亘理町の鳥の海付近を歩いた。海浜公園の遊具は潰されたまま。それでも、一組の親子連れが遊んでいたりした。

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 砂に埋まるベンチ。

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 公衆トイレも使えない。

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 公衆トイレのトタン屋根は、風にカタカタ音を鳴らしていた。

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 この地はどのように再生されていくのだろうか。

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 港には仮設店舗。ここで「ほっき飯」を食べ、産直食品をいろいろと買った。

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 仮設店舗前の住宅地。記憶にある港町の風景は無かった。

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 残ったもの。残らなかったもの。

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 夕暮れ、カワウかウミウか、群れが飛んで行った。

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 鳥の海は親父の従兄弟家族が住んでいたが、幸いにも命拾いをした。ただ、家は流され今も仮設住まいだ。

 また、鳥の海に行って美味しいものを食べようと思う。

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December 09, 2013

岩笠稲荷大明神へ行く

 なんだかんだで記事が更新されないまま年末を迎えてしまったが、今回の記事は1月の話。今年一年を振り返るような記事を連ねて、今(12月)に追い付こうと思います…。

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 ここは仙台市青葉区の新落合橋。権現森丘陵が川向に見えておりますが、あそこが今回の目的地。あの岩山の下に存在する祠が夢の中に出てきたのでお参りすることにしたのだ。

 繰り返して言うけど、1月の話ね(汗)。

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 新落合橋付近から広瀬川上流を望む。あの仙山線の橋が子どもの頃からのお気に入り。この付近は権現森丘陵と蕃山丘陵に挟まれた広瀬川がV字谷を形成して蛇行している中流区間で、丘陵に挟まれた狭い範囲に広瀬川、旧国道(旧街道)、鉄道、初期仙台市水道送水路等が集中している区間。

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 橋の上から上流部を望む。この辺りで伯父は戦後の頃に夜釣りでウナギを採ってたとか話を聞いたことがある。

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 橋の上から下流側を望む。旧橋(昭和23年流失)の橋脚が転がっている。この橋の左岸側の袂は旧街道の分岐点であり、古くは交通の主要地点であった。

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 で、橋を左岸側に渡った街道の分岐付近。

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 で、再建された道標。仙台市内側より来ると、右が定義街道、左が二口街道と作並街道(関山街道)へ向かうことが記されている。昔はここで関山街道から定義街道が分岐していた。定義山までお参りに行くときは、この後ずっと広瀬川左岸を進み、大倉川左岸を進んで詣でたのだ。

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 この街道分岐より少し仙台市内側に歩くと梅林が見えてきて。

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 岩山も傍に。

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 梅林の中に参道が現れる…って言っても、鳥居が無くなっちゃって目立たない。

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 いつ折れたのかな…。鳥居の根元だけが残っていた。

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 各地で多く見られる山神の石碑。東北では出羽三山信仰に関係した石碑も多く見られるが、今回訪れる岩山のように地域の信仰に基づいた石碑も多く存在する。山岳信仰というと大きく分けて、遠くから眺めて神秘的な印象を持つ山体を霊山のような扱いとして信仰するものと、地域の生産などを守護するものとして小高い森状の山を信仰するものとがある。恵みをもたらすシンボルとして地域によって信仰される山というのは、その場に行って眺めてみると、なるほどよく分かるなぁということも多い。
 

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 参道の奥から急な少し登り。

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 登り切ると仙山線線路。

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 山形方面側は直近でカーブしていて、列車の接近に気付き難い。結構な速度で通過するのでモタモタしてないでココは渡り切りたい。

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 渡った先を山形方向へ少し下る。

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 岩肌の下に泉の跡のような窪地と、供えられた器。既に神聖な場所に踏み入っている。

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 古めかしい階段が登場。ここを登れば…。

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 迫り出した岩肌の下に御社が。

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 ここが夢に出てきたお稲荷様。今回の参拝は14年振り、通算3度目。前回2度目の時は仕事上で知り合った大学生の地域の信仰という卒論テーマのお手伝いとして、蕃山や権現森を歩いたときに立ち寄った。前々回の初めての時はなんと30年前。私が小学校に入学する前の話で、祖母に連れられて母親と3人で来たときだ。祖母は夢で神社や寺を見ると、そこにお参りに行くような人だった。ここもそんな動機で来たに違いない。今回の私もそうだ。

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 御社の脇に小さなお稲荷様。

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 岩肌から染み出る泉。枯れているようだった。

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 御社の後ろにも祠が。

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 裏側の祠には「岩笠稲荷大明神」なる文字が彫られた石版がある。大正十五年に作られた石版のようだが、ここのお稲荷様の歴史はそんなに浅いものではないだろう。

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 奥より振り返って撮影。「岩笠」なる様子がよく分かる。

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 で、参拝。直前に買ってきた定義の油揚げと御神酒。御社にはもちろん、御社脇の小さなお稲荷さんにも供えた。

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 当然、裏側の祠にも。

 私はそんなに信心深いほうではないのだが、稀に今回のように思い当たる節が出たようなときには社寺に足を運ぶときがある。人の心の気休めの部分という側面もあろうが、神仏に手を合わせる機会というのは人生に在って良いもの、人間らしいものの一つを成す要素だと思っていたりする。

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 お参りを済ませて小休止。この場所でこの角度で、こんな感じで仙山線が走り去っていく一瞬を撮ったのが、小学校入学前に来た時の思い出の一つで、生まれて始めて自分の意思で撮った一枚だったなぁ、と再現撮影。

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 さて、実は気になる稲荷狐。このキツネが足元に抱えている火の玉3つって…。

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 ウチの墓にもある。我が家の家紋なんだよなぁ…。

 なぜこの紋が我が家に伝わっているのかはナゾです。

 この日の翌日が「どんと祭」の日であり「裸参り」の撮影をしたドカ雪の日。前日までは穏やかに暖かに、だったのになぁ…。

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