« 20130210_亘理町 | Main | 20130320_山元町 »

December 22, 2013

20130303_岩沼市~仙台市

20130303_01
 間もなく本格的な春の息吹を感じそうな3月3日、岩沼市から沿岸部を北上した。仙台空港近くでは防潮堤の整備が進んでいるのか緑地公園方面への立ち入りは出来ず、その手前の住宅地で小休止する。

20130303_02
 住宅地と言っても、津波被災地ではどこも同じ、家屋の基礎部分や道路を残したくらいの更地のままであって、まだまだ寂しい。近くの墓地では法要か何か行われていたようであるが、時期が時期だけに、津波で犠牲になられた方の法要だったのかもしれない。

20130303_03
 仙台空港東側へ移動する。仙台空港は震災のちょうど1年前くらいに訪れ、やはりこの時季に撮影して楽しんでいた場所。しかもその撮影中に地鳴りを伴う震度4ちょっとの地震が発生したのだが、周囲に居た誰一人として津波などの情報収集や念のための避難行動などに移る人が居なかったことが印象的だった。私は即座に車に戻ってラジオ情報を収集しつつ、津波情報が得られるまではひたすら沿岸を背に西へと車を走らせたのだが。

 そんな思い出の1年後に、あの津波だった。

20130303_04
20130303_05
20130303_06
20130303_07
20130303_08
20130303_09
20130303_10
20130303_11
20130303_12
20130303_13
20130303_14
 空港の様子は震災前に戻ったけれど、ほんの少し離れれば折れ曲がったままの水銀灯など、津波の傷跡は至るところといった具合であった。

 この日はあまり時間も無く、一気に北上して仙台市内へ。

20130303_15
 荒浜小学校。校舎に隣接する体育館の解体が始まっていた。

20130303_16
 当地も他所の場所と同様の景色。荒浜に在住で消防団活動もしている方と仕事上関わりがあり、震災前に津波のことを話したこともあった。「1000年に1度って言われる津波が来たら、逃げるところは小学校か東部道路の土手の上しかない。」旨の話は既にあり、それが現実となった。

 海岸へと向かった。

20130303_17
20130303_18
20130303_19
20130303_20
20130303_21
20130303_22
20130303_23
 開眼される直前の観音様。撮影数日後に式典が行われていた(故に花や供物がまだ無い)。

20130303_24
 御影石には震災犠牲者の名前。地区ごとに記され、また地区赴任警官の名前もあった。

20130303_25
20130303_26
20130303_27
20130303_28
20130303_29
 日が暮れ、薄暗くなってきた。

20130303_30
20130303_31
20130303_32
20130303_33
20130303_34
20130303_35
20130303_36
 荒浜はどう変わっていくのだろうか。いずれにしても海水浴場近くの町としての面影は無く、ここもまた寂しい限りのままの状態であった。

|

« 20130210_亘理町 | Main | 20130320_山元町 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/155453/58802646

Listed below are links to weblogs that reference 20130303_岩沼市~仙台市:

« 20130210_亘理町 | Main | 20130320_山元町 »