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January 21, 2013

仙臺伝統裸参り保存会撮影記2013①

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 なんちゅう雪や…ι

 仙台の正月送り行事「どんと祭」が行われる1月14日は、朝から大雪に見舞われて一面を銀世界に変えていた。そして降り続く雪。このような天候の日と、どんと祭がぶつかったのは30年振りではなかろうか?30年前のこのような日に大崎八幡の階段を上る母と私の後姿が入り込んだ写真が撮られ、河北新報に掲載された。そんな記憶が甦る。

 この日、昨年に引き続き「仙臺伝統裸参り保存会」の皆様を追い掛けさせていただく機会を頂戴したのだが、想像以上の大雪に撮影機材の防護カバーの必要性を感じ、それを調達するため朝イチからヨド○シカメラへ。今回は5DMarkIIと50Dのカメラ2台体制で撮影しようと思っていたから雨除けカバーも2台分。朝から福沢諭吉さんとお別れした…。

 個人的な予定時刻から1時間以上遅れて到着した「八幡杜の館」。既に館内は午後からの「裸参り説明会」の準備が終わり、保存会会長さんを始め役員の皆さんなどが一息ついておられた。

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 飾られた提灯。年季が入って来た。

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 「どんと祭」と「裸参り」は別々の行事であり、神事。そのことは昨年の記事(撮影記2012①)でも触れているのでご参照いただきたい。併せて昨年の①~③記事をご覧頂いて、保存会の皆様がどのような過程を経て身支度を整えてお参りを果たすのか、という一連の流れも把握していただけると幸いである。

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 昨年の記事でも触れていることだが「仙臺伝統裸参り保存会」は、大崎八幡宮の御神酒酒屋であった「天賞酒造」の参拝様式を継承している。昨年の記事ではあまり触れなかったその「天賞酒造」について、今回は少しまとめてみようかなと思う。

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 天賞酒造は屋号を「丸屋」と称し、文化元年(1804年)に三代目天江勘兵衛が「鳩正宗」銘として創業、日露戦争勝利に際する「天勝正宗」等、幾度か銘柄の変遷を経て、仙台の老舗蔵元として平成16年(2004年)まで青葉区八幡に在った。明治41年(1908年)皇太子嘉仁親王(大正天皇)が仙台行啓に際し蔵の酒をお召し上がりになったことを記念し、「雲上嘉賞天之美禄」より「天賞」と改名。

 その頃の当代天江勘兵衛(明治7年-昭和5年、1874-1930年)に関する記録によると、明治4年(1871年)に県に提出された丸屋の清酒造石数願は150石ほど請願されている。当時の仙台市内の総造石高は5130石で、請願数での最高者は北六番丁の本野小平、国分町の菅原甚左ェ門のそれぞれ500石、次いで河原町の岩間彦太郎の430石などとなっている。酒の自家醸造(私造)が禁止されて以降どの酒造家も石高は増し、天江氏も「天賞」が誕生した明治41年には1509石となっている。その2年後には廃業する宍戸酒造の工場を買収し2600石ほどに増加。大正11年(1922年)には1000余石を東京市場にも出したが、翌年の関東大震災で痛手を被ることとなる。戦時中においては327石まで造石高は減ったが後にまた増石し、1500石前後を造っている。。。という。戦前には東京上野に「仙臺郷土酒亭:勘兵衛酒屋」という天賞の店があった記録も見つけた。

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 昭和後期より無個性なナショナルブランド酒から地酒への回帰傾向が消費者に見られ始め、現在の文化的かつ伝統的な本物志向の日本酒マーケットも構築されているのだと思うのだが、天賞酒造はその流れに乗り切れなかったのか伝統の地であった八幡と決別し、平成17年(2005年)に川崎町へ心機一転、社名も「まるや天賞」として移転した。そして平成23年(2011年)の東日本大震災により工場設備が被災、再建を断念し同年6月に酒造免許の取消申請がなされた。所有していた八幡の土地は複合商業施設「レキシントンプラザ」となり、川崎町の土地や建物は「伯楽星」で知られる大崎市の新沢酒造店が取得、「天賞」と「獨眼龍政宗」の日本酒銘柄商標は加美町の中勇酒造店に譲渡された。

 レキシントン…。「歴史」というワードに引っ掛けてのネーミングなんだろうけど、ズバリこの文言だとアメリカの都市名や航空母艦の名前。なんでこんなんが付けられてしまっているのかな…。航空母艦は太平洋戦争で日本軍相手に活躍した艦だったりするのに…。

 と、余談に進んでしまうのを抑えて。 

 「天賞」と「獨眼龍政宗」の銘柄などを引き継いだ中勇酒造店では、まるや天賞より2名を採用し「天賞事業部」を設け、そのブランドを維持している。天賞を育んだ酒蔵は失われてしまっても、そのスピリットを残そうとしている。過去の歴史と化してしまいかねない伝説か幻になりそうだった存在の酒を今につなぎ止めてくれている。

 …なんだか、伝統的な裸参りを後世に残して行こうとしている保存会の皆様とも重なって見えるような気がしてならない。天賞は様々な形で生き続けて行くのだろう。

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 私が杜の館に到着して飾られた提灯などを撮影し始めて間もなく、今年の祈願板が届けられた。昨年は震災後初めてのお参りであったこともあり「震災復興」という切なる願いが込められた。今年は…。

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 「不忘復興」。復興の途上にあることを忘れるなかれ、復興に際する様々な恩義を感じ忘れるなかれ…等々、様々な意味が込められているような言葉である。

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 この日の館はこけし展示の期間中であったが、保存会の活動に際して脇に寄せられたショーケースの上には、昨年撮影し写真展にて展示された写真が置かれ、裸参り説明会や裸参りそのものに参加する方々の目に触れるよう扱われていた。(保存会の皆様ありがとうございました。)

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 そうこうしているうちに説明会が始まり、裸参り参加者や地域住民の方々も会長の話に耳を傾け、時に実際に道具類を手に取りながら、裸参りの本質的な部分を学んで行く。

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 雪は降り続く。朝よりも明瞭に深く積もっている。

 そんな雪模様の中。

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 膨らまされたゴムボート。これで雪の坂道を滑って遊ぼうなどということはせず(当たり前か…)ボートの中に水を張る。

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 全体練習が始まる。天候不良の今回は提灯にビニール袋がカバーとして被せられた。

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 練習なのに、裸じゃないのに、天候がこのとおりであるだけに過酷そうに見えてくる。

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 その頃、ボートのプールには氷が浮かべられ、降った雪もシャーベット状に漂いながら、禊で浴びる保存会特製冷水が完成し、その時を待ち続けていた…。

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 館内では様々な物が準備されて行く。保存会銘の奉献酒。

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 腰に巻く注連縄。

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 草履は事前に一度履いて自分用に合わせ、尚もしごいて柔らかくしておくようである。

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 保存会が腰に巻く注連縄は他団体よりも一回り太い。これがカッコイイ。

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 準備が整った大量の注連縄。

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 祈願板にも注連縄。そして…。

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 ゴシゴシと文字を蝋でコーティング。悪天候に際し墨文字が流れないように対処する。この辺りが裸参りを「神事」としてとらえている保存会(会長)ならではの配慮だ。

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 一日を経ずして積雪20cmに迫る。普段の休日ならば割と人の行き来がある道も、どんと祭当日の夕方だというのに人通りが少ない。

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 館内では直前ミーティングが始まり、この日の隊列主要ポジションの任命が行われる。そしていよいよ動き出す。

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 氷水での禊。温い水では後が冷える。冷たい水で身体を内部より覚醒させ身体が自らを温めるよう促す。

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 禊の後は次々と装束を身に付けて行く。

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 今年の注連縄の結び目が昨年とは違うようだ。

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 整った結び目に力強さを感じる。

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 注連縄を腰に巻かれ拳も自然と握った状態へ。力がみなぎる。

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 鉢巻が巻かれる。

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 静かに、しかしながら断然と気合が入ってくる。

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 整然とした格好でお参りを果たさなければ伝統神事ではない。

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 鉢巻の余分は切り落とされ、精悍さを増す。

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 外は圧雪路。草履ごと足に縄を巻いて滑り止めを施す。

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 出発の時はもう間近。

(つづく)

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