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June 07, 2012

旧大倉発電所跡探訪記:03

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 1912年(大正元年)竣工、旧大倉発電所放流口前、到着。これほど立派な遺構がネット上でほとんど紹介されること無く、いや、あたかも大倉ダムの湖の底に水没したかのような扱いを受けてしまい、ひっそりと竣工後100年を迎えていたとは…。極々近隣の地元住民の方々や、大倉川を釣場にしているような方々、電力や水道業界の一部の方々などでは認識されている存在なのだろうが、その方々の中にたまたまネットに情報を上げるような人が居ないまま、lot49snd氏が目の当たりにする時を迎えた、ということなのだろう。

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 …竣工後100年。退役後半世紀余り。取り壊されて何年なのか。その存在を人々に語られなくなって幾年なのか…。

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 放流口の右側(左岸側)。割と厚みのある水門が二重に存在したようなスリットが存在していた。大倉川が増水した時に逆流を堰き止めたものではないかとlot49snd氏は推定しているが、私もそれ以外に思い付かない。放流水を堰き止めるという状況は考え難い。

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 逆側(右岸側)の水門スリット周辺は崩落を始めていた。草木の根による影響なのか、地圧によるものなのか…。いずれにしても、崩れ落ちた石材の苔生し様から崩落してしばらくの年月が経過していることは明らか。

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 放流口内を覗き込んで見る。発電用の水車を回した後の水が流出していた部分だろうか、開口部があり太陽光線が射し込んでいた。

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 放流口内部を超高感度撮影。内部は水没しており、長靴程度では入っていくことが出来ない。左右対称ではなく、内部へ向かって右側(左岸側)に凹部がある。その上に開口部があることから、その辺りから水車を回し終えた水が流出していたのかもしれない。

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 放流口の前には苔生した缶が転がっていた。

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 さて、あらためてその「顔」をよく見てみよう。水圧管路脇の階段を下りてきて行き着いた敷地正面に開いていた「四角い穴」の正体はこのレンガ造りの建屋であり、その地上部分が失われていたために穴となっていたのだ。階段下の敷地を1Fとすれば、上画像の窓のある階層はB1F、放流口の位置はB2Fということとなる。放流水路は深く二段に掘り下げられた位置を流れているが、自然の傾斜と共に大倉川合流点付近では一段の掘下げ程度となっている。

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 放流口と共に美しい曲線を成すアーチ窓。杉の枝葉が顔を覗かせている。階段下からここまで来る時にも木々で見え難い建屋の中(四角い穴)をチラチラと気にしてはいたが、放流口内部には木の根や幹は見られなかったので、建屋内のB1Fから木々が生い茂ってきているということなのだろう。

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 アーチ窓の向かって右側(左岸側)の壁には、何か配管かケーブルでも這わせたような棒状の金具が等間隔に突き出ていた。

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 放流口の右側(左岸側)の壁には、ボルトで板切れが留められていた。板には目盛のようなスリットが細かく無数に刻まれていたが一定の間隔ではなく、水深などを計測するものとしてはアバウト過ぎるような印象を受けた。

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 レンガ積みに目を向ける。シンプル過ぎず派手過ぎない意匠で構成されている、というところだろうか。

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 昨年春の地震でよくも崩れなかったものだ。

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 僅かには傷みはある。そこに苔や草木が根付き始めている。

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 旧大倉発電所跡放流口。その姿、堪能した。

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 放流口前より立ち退く。放流水路を下り大倉川へ出る。大倉川上流側へ少し歩いたところより発電所敷地内へ復帰し、放水路左岸側を遡ろうとしたけれども藪が深過ぎて断念。敷地を反時計回りに歩こうと考えていたけれどもヤメて、とりあえず階段下まで戻ることにした。

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 水圧管路脇の階段下へ戻る。そこから左岸側に広がる光景。少し高いコンクリート基礎のようなものが所々、そしてレンガ積みも残っている構造物が一つ。明らかに建物があった形跡だが、何のために存在した建物かは定かではない位置関係。

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 他の部分はコンクリート部分を残すのみなのに、何故ここだけレンガ積みが残されたのだろう。大きさから言えば通路のような幅しかない空間を中に備えている。

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 扉が付いていたような大きさの開口部。不思議なのは、この一つだけ残っているレンガ積み構造物だけ、放流口などで見られた他のレンガ積み構造物よりも「目地処理が雑」ということ。施設が現役の頃は、この構造物のレンガは人目に付かない状態だったのだろうか?

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 扉か何かが付いていたような形跡が開口部左右に存在。木材が埋め込まれていたようだ。上画像ではピントがボケているが、内壁のレンガとコンクリートの境に白い漆喰が塗られていた形跡が残っていた。漆喰の喰い付きのことも考えればレンガ積みの目地が粗くても当然なのだ。今見えるレンガ積みは漆喰が剥がれた姿ということ。

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 先程までは階段の袂方向から眺めていたが、上画像は水路下流側から眺めた状況。通路か何かの一部分だけ残されたような感じだ。

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 内部天井には照明器具が付いていたような形跡あり。漆喰も斑に残っている。発電設備などの建屋に向かう管理廊の出入口のような存在だったのかな。漆喰の壁だったということと周囲のコンクリート基礎(壁の跡?)の存在から考えて、屋内に存在した出入口の可能性もある。そんなレイアウトだったのかもしれない。

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 出入口っぽい構造物の周辺には、敷地に窪みや穴が散見される。

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 また違う穴が。足元の下は空洞になっているのか?と、ちょっと不安になる。地下室というよりも、コンクリート床面下の土壌が雨水などで流されて失われているような感じである。足を落とすことも、足場が崩落することも、いずれも敷地内を歩くときは充分に気を付けて慎重にならざるを得ない。

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 出入口構造物の少し下流側にはクレバス状の窪地がある。下手して足を落とせば転倒転落、骨折くらいするだろう。しかし、この深い溝の存在は何だろう…。溝の先はレンガ建屋のある四角い穴の方向を向いている。敷地の排水路…なのかなぁ。

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 クレバスのレンガ建屋寄りのところに四角い窪地が二箇所あった。この窪地の周囲には…。

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 太いボルトが何本か立ち上がっていた。パッと見、500円硬貨の直径よりも太そうだ(生憎財布を持ち合わせていなかった…)。相当大きなものか重量物を固定していたことが窺える。発電機設置場所か?

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 出入口構造物付近を、左岸側奥から右岸方向を見て撮影。階段を下りてきてすぐ左の位置だから、管理事務所っぽい使われ方をした部分なのかな。その事務所内から出入口を通じて発電や変電設備が立ち並ぶエリアに出入していた、とか。全て想像、推測、憶測なんだけど。

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 敷地の左岸側奥まで来て、右岸側を見て撮影。擁壁の石積みが整然と斜面下に残っていた。

 左岸側の敷地は明瞭な盛土で区画されており、その内周に沿って歩こうとしたが藪が酷くて歩き切れない。先程の出入口構造物からクレバスを越えて下流方向、大倉川の方向に歩みを進めた。

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 盛土の敷地から降りる階段を見つける。放流水路左岸に位置している場所だ。ここを降りて少し周辺探索をしてみよう、ということにした。

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