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January 2012

January 29, 2012

1月3日のこと

 1月も下旬ですが、1月3日のことを記事に…(汗)。

 1月3日は昼過ぎまで仕事をし、午後に少し自由な時間ができた。ということで、職場にクルマを停めたままにして散策に出ることにした。今回の散策は目的地があり、そこは…。

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 あの山の上、仙台愛宕神社まで。この神社は伊達氏と共に米沢に在ったが、政宗と共に岩出山を経て仙台へ移った。1603年(慶長8年)創建。この愛宕山に1650年(慶安3年)伊達忠宗が新たに神社を建て直した。祭神は火の神である軻遇土神(かぐつちのかみ)で、火伏せの御利益で有名な神社。江戸時代まで普賢菩薩を合わせ祀っていたことから辰・巳年生まれの守神として今も慕われている(神仏分離により普賢菩薩は今は除かれている)。

 そう、今年は辰年。そして年男の私…。いつも行く近所の大崎八幡宮だけではなく、今年は辰年だし、昨年は震災もあったし、愛宕神社に行っておこうと思ったのだった。

 その前に…。

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 広瀬川で白鳥を狙って遊ぶ。(少しだけトリミングしてます)

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 ザババーッと目の前に着水。(こちらはトリミングなし)

 少しだけ白鳥を撮って、宮沢橋を渡って根岸交差点へ。そこから愛宕神社へと向かう。

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 てくてく十数分歩いて辿り着いた愛宕神社。地元に住んでいながら記憶にある参拝は初めて。

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 ちょっとした山に登るのと同じ感覚であろう、この階段。とりあえず息が切れるまでには至らなかった。

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 階段を登り切ったところで振り返ると良い眺望。あ、我が職場ビルも小さく見えるね。

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 参道の石畳を歩く。神社や寺の石畳っていろんな様式がある。ここはフラットな切石を敷き詰めているので歩き易い。丸みを帯びた平石を敷き詰めている自宅近所の大崎八幡宮などでは、雨の日や雪の日は足元が滑り易くて歩き難かったりするものだ。

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 眺望の良い場所で脇目。SS30ビルのアンテナ塔は折れたまま。塔が折れ落ちて損傷した屋根もそのままのようだ。

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 楼門へと辿り着く。楼門の左右には…。

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 烏天狗と大天狗の像が安置されている。日本最大と謳われているが、そこのところどうなんでしょう。

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 参拝する人も割と多め。さて私も…。

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 お賽銭は奮発?して500円投入。何を願ったかは秘密(笑)。

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 これも見たかった。

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 なんとかボールを7つ集めて出てくる…というものではないけれど、1本の木の根?から掘り出したという龍。

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 拝殿の後ろの本殿の扉が気になったりしつつ…。

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 遠くの景色を堪能して愛宕山を降りました。

 で、このまま帰るのは勿体ないので寄り道。愛宕山の麓、広瀬川沿いにある某所へ。

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 広瀬川の上流のダムが放流したときに鳴るサイレン塔の付近。知ってる人は知っているだろうけどね。

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 山の斜面に続く階段。崩れかけたブロック塀に朽ちた郵便受け。これを見るのが目的ではなくて…。

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 崖にポッカリ開いた穴。ここは愛宕山横穴墓群の一端。愛宕山の北斜面と南斜面東部を中心に分布している。造営時期は7~8世紀頃とみられ、約100基ほどあるという。

 でも、これを見に来たわけでもない。

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 とは言いつつ、気になるので見る。これも横穴墓なのかなぁ…。

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 入口左側壁に凹部があって、何か置けそう。穴の奥の玄室は一段高い床面が作られている。画像の穴のように低い位置の穴は、実は防空壕でしたってこともあるけどね。そこのところどうなんでしょう。

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 横穴墓を少し観察してからサイレン塔のところまで戻ってくる。そう、このサイレン塔のところにあった施設の名残りを見に来たのだった。

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 見えてきた。横穴墓と同じように崖にポッカリ開いた穴。されど、古墳時代の手掘りそのままの穴ではない。明らかに近代の様相を呈すアーチや構造物…。

 ということで、続きは次回。

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January 25, 2012

大晦日の閖上:02

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 大晦日の夜明け前に閖上入りし、日和山で日の出を迎え、その後に周囲を少し撮り歩いたときの続き。日和山の近くには極僅かな建物しか残っておらず、その一つが上画像の「佐々直」。

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 一階部分はご覧のとおりもぬけの殻となり、剥がれ落ちた天井裏のダクトスペースなどをスズメが棲み処にしていた。周辺が静か過ぎる故にスズメの鳴き声だけが反響している建物は物悲しく朝陽に照らされていた。

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 津波被災後には何とか形を残していた隣接部分、別棟などは取り壊されてしまったようだ。やはりコンクリート基礎のみ残っていた。

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 建物の周辺には広大な更地。

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 遠くに僅かに残ったハマボウフウと、瓦礫の山。これだけ広い更地の真ん中に廃墟のように建物が一つだけ残っているという状況が、静けさと相まって非日常的な感覚を呼び起こすのだが、数ヶ月前までは多くの人々が日常を送っていた土地であるという現実がここにはある。

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 割れた窓から見える天井裏。とても小さいがスズメが2羽並んで写っている(画像中心からやや右寄り)。

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 外壁にも至るところに亀裂や穴。本来は見えないアングルでの排水管が見えていた。

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 建物が残された、ということは工場再建の可能性があるということだろうか。

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 笹かまなどを買う機会があったら佐々直を選んで応援したいものだ…。

 そう思いながら、停めたクルマの方向に歩き始めた。

 そしてしばらく行くと…。

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 お茶や線香を供えた跡が。

 このような場所が広大な一帯に点在しているのだろう。

 クルマに戻り、沿岸部を後にした。

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 海岸線から3km程度内陸に進んでも、まだ放置されたままの漁船があった。この辺りも相当の浸水被害があったが、人の住む家と人の住まなくなった家がそれぞれ点在している上、中には新築中の建物もあった(上画像中央奥に見える)。

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 枯れ草の海に浮かぶ船。

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 船体から油を抜いたマーキングが施されていた。

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 この一帯が海と化した証拠、か…。

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 画像奥は海の方向。船は道路を使って海に戻りたがっているような、そんなふうに見えた。

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 鯉のぼりが引っ掛けられたままの住宅。3月には出していなかったであろう鯉のぼりは、どういう意図で、どういう気持ちでその後に出され、そして出されたままなのだろうか。

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 東部道路近くの船。この船は震災後しばらく道路を半分ほど塞ぐように在ったが、歩道まで移動させられていた。

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 この船も海の方向を向いていた。

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 主が乗ることはいつになるのか。

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 干乾びたフジツボと、錆び付き始めた船底。

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 瓦礫の撤去と共に凄惨さが薄れ始めていた津波被災地には、変わらぬ静寂の中に虚しさと悲しみがまだまだ残っていたように思った。

※震災一ヵ月後に蒲生~閖上を訪れたときの記事はこちら。

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January 21, 2012

大晦日の閖上:01

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 大晦日の夜明け前、名取市閖上地区に赴いた。東日本大震災発生の翌月上旬に赴いて以来。大量の瓦礫が散乱し、半壊ながらも家屋が軒を並べていた場所は、一部の建物を除いてほとんどが解体撤去されて見渡す限りの更地となっていた。店舗や住宅が所狭しと並んでいた昔の光景が嘘のようであった。

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 閖上の日和山には流失した鳥居が再建されていた。

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 山頂には湊神社と富主姫神社が並んで祀られていた。

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 手作りの供養塔が建てられていた場所には、しっかりとした妙塔が建てられていた。

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 日和山のすぐ近くには、山と同じ高さの瓦礫の山(画像右)が築かれていた。一時的に集積しているものと思われる。

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 瓦礫の山の上には重機。日和山山頂から同じ高さに位置して、作業開始を待っていた。

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 2つの神様は、この地の変遷を見守り続けるのか。

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 重機の間から日が昇る。震災の年の最後の日の出。

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 明るくなってきたことで周辺へ目を向ける。ほとんどの瓦礫が取り除かれ、人々の生活が極当たり前に存在していた地だったことを思うと虚しいほどに何も無い。

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 住宅基礎と道だけが虚しく佇む。

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 誰も居ない場所でも、カラスたちは何かを求めてやってくる。お供え物が狙いなのだろうか。

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 日和山山頂に植樹された閖上桜。次の春にはほんの数輪でも花を咲かせてくれるのだろうか。

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 日和山から下り周辺を歩く。瓦礫の山の上に鎮座していた重機たちは間もなく動き始めるのだろう。

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 日和山山頂にある妙塔。いくつかの塔婆は強い西風に傾いてしまっていた。

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 瓦礫の山の麓に置かれていた布袋様たち。

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 交差点付近の千切れた標識柱。

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 取り残された鍋。他にも調理道具や文房具類などは所々で残っていた。

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 日和山を振り返って見ると、朝日に向かって撮影している人の姿が。この日は日の出の後30分間程度の間に日和山付近に来ていた人は十人程度居た。

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 佐々直の蒲鉾工場。

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 近付く足取りに、道という概念は無い。

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 傷んだ建物には、スズメの鳴き声だけがこだましていた。

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 傾いた水栓。津波の流れによるものなのだろうか。

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 蒲鉾工場から少し離れたところにも残されている建物があった。ほとんど骨組みだけであり、虚しい。

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 スズメの棲み処となってしまっていた蒲鉾工場の様子もいろいろと撮ってみた。

 それはまた次回へ続く。

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January 15, 2012

祈願 震災復興

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 前回の記事にて宣伝させていただいた『仙臺伝統裸参り保存会』による裸参りの説明会・見学会。そして裸参り。保存会会長様のご厚意でこの日は「公認追っかけ」をさせていただき、多くの画像を収めることができました。会長様を始め、会の皆様、専属プロカメラマン様、在仙プロカメラマン様、地域の皆様など、とても多くの方々に終始親切にしていただき、また多大なご配慮の下、貴重な機会を頂戴いたしましたことに御礼申し上げます。

 大変ありがとうございました。

 そして、御疲れ様でございました。

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 保存会に関する画像については、今回掲載の3枚を除いて、会長様までお届けした後にこのブログで公開ということにさせていただきます。

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 さて、帰宅して一息入れたので、これからまた撮りに歩いてみようと思います。

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January 10, 2012

平成24年 裸参りのお知らせ

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 さて、間もなく「どんと祭」です。「どんと祭」とは正月飾りなどを焚き上げる祭りで宮城県を中心に使われている呼称。他地域では「ドント焼き」と言われているものとほとんど同じです。全国的にも有名なのは仙台市青葉区にある大崎八幡宮での「松焚祭」で、例年1月14日に行われます。私も近所ということもあり(騒々しいこともあり眠れないので)毎年のようにお参り&見物に行かせてもらっています。

 この松焚祭では「裸参り」が特に有名で、元々は杜氏の醸造安全・吟醸祈願のために参拝したのが始まり。今では市内各所の企業等の団体も参加し、極寒の夜空の下、黙々と鐘を鳴らして列を成し行進、参拝する姿を見掛けます。

 この「裸参り」の伝統的なスタイルを受け継ぐべく発足した『仙臺伝統裸参り保存会』による「裸参り説明会・見学会」が、祭り当日の午後に行われます。

詳しくは→『仙臺伝統裸参り保存会』ブログ

会場地図→八幡杜の館(GoogleMap)

 「どんと祭」や「裸参り」の意味や歴史に興味をお持ちの方は説明会に参加されてみてはいかがでしょうか?昨年も老若男女問わず多くの方が参加されたようです。会場はそれほど広い場所ではなく、予約も先着順で早めに終わってしまう可能性もあるので、お早めにご連絡ください。なお、説明会後の保存会がお参りに出発するまでの見学会は出入り自由のようです。お時間がある方は是非行かれてみてはいかがでしょうか。

 また、今年は保存会の皆様が「復興祈願」を期しお参りするとのことです。お近くの方々は是非是非、保存会の皆様のお見送りやお出迎えを。そして大きな声援をお送りください。

 と、宣伝をさせていただいたのはこの度私、会長様のご厚意で保存会の公認追っかけ?的に、保存会の皆様の様子を終日見学させていただく運びとなりました。当日はカメラを持ってウロチョロさせていただくようになると思います(記録係というわけではありません)。

 昨年はたまたま神社の境内で保存会御一行様をお見掛けして、数枚撮らせていただきました(上画像等)。しかしながらこの時はどの画像もブレブレ過ぎて、このブログでご紹介できたものは右上の一枚に過ぎませんでした(他の三枚はブレ過ぎてた)。今回は明るい望遠レンズで追い掛け回し、しっかりとした画像を一枚でも多く撮れたらなぁと思っております。1/14が仕事が休みの土日でもない限りできないことなので、今年の機会は私にとって貴重。楽しんで頑張ります。

 …本音ではカメラ2台体制でガッツリ撮りたいところだけど1台しかないので、お参り出発後は望遠レンズ一本勝負になるのかな…。

 ともあれ。

 当日大崎八幡宮に御出でになる方は、保存会の皆様の二味も違った裸参りをどうぞご覧ください。

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January 09, 2012

年末年始近況

 遅れ馳せながら新年あけましておめでとうございます。

 日頃より当ブログ及びM-TSB-Enthusiastサイトをご覧いただいている皆々様、はたまたたまたま当記事を偶然ご覧になられた皆々様のこの一年が良き年となりますよう心よりお祈り申し上げます。

 さて、例年年末年始も仕事をしている私でしたが今回はこの10年で最も忙しい年末年始となり、若干クタクタの正月を過ごしておりました。ので、先月中旬以降の他愛の無い画像などもUPされぬままとなっていたので、一挙放出。画像と同じく他愛の無い記事内容ですが、お暇な方はお付き合いください。

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 いきなり地味な画像から。先月中旬に職場近くの川で見かけたオオバン。

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 クイナ科の鳥で、明らかにカモとは容姿が異なるんだけど、職場近くでは目撃する機会がこれまで少なく、やっと撮れたという感じ。

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 前回記事の最後に載せた画像と同じ、仙台初積雪の日(12/16)の一コマ。オオバンたちは川面から上陸を開始し、河川敷の枯れ草が湿って柔らかくなったものを食べていた。

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 黒い○連星、という感じがする御一行。

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 寒い日だったが平和な光景を堪能させてもらった。

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 職場近くの河川敷では白鳥が近年飛来を続けているんだけれども、昼休みに撮りに出掛けても不在の時がある。そんな時は別な鳥なんかに被写体を変えるんだけれども、この日(12/19)は、ヤケに近付いてくるスズメが一羽居りました。

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 スズメもね、よくよく見ると味わい深い柄や色味をしているもので。

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 スズメの次の日も白鳥は不在。ハクセキレイを撮ってたらその後に…。

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 セグロセキレイもやって来たり。

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 で、またハクセキレイ。

 キセキレイが近付いて来てくれることはほとんど無いけど、白と黒のセキレイ2種は格好の暇つぶしの相手になる。

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 その後も数日昼休みに河川敷まで通えど、白鳥の姿はナシ。

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 アヒルのジャンプ。ジャンプじゃなくて飛翔することもあるんだけど、それをまた撮りたい。今度は鮮明に…。

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 ぞろぞろ居ると面白い光景。これも平和な光景…。

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 オオバンはしばらく滞在してくれそうだ。

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 たまには水鳥だけではなく。上画像はウグイスに間違えられ易いメジロ。(メジロ画像は全て横位置撮影を縦画像にトリミング)

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 そんなに食べ物が豊富とは言えない冬場は大変だろうな、と。

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 職場の裏の木にて品定めをしてました。

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 12/23には山形まで足を運んだ後にSENDAI光のページェント会場を少々散策。

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 普通には昨年も撮っているので、それ以外で何か…とブラブラ。

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 天皇誕生日に、定禅寺通で、サンタパレード、か。神道、仏教、キリスト教がいろいろと絡んでるなぁと無為な思考。

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 とりあえずぐるりと定禅寺通周辺を歩いたけど、撮るのは結局割と普通に(汗)。

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 借り物LEDを撮ったら青味が強く出た。敢えて補正せず掲載。

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 SLの電飾は昨年に比べて地味に。

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 脇目もしつつ。

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 るーぷる仙台(市内循環バス)から登場した政宗公にもサンタ帽。

 その後、祝日で営業していないはずの「ぼくんち」がやってたので(暇だなー^^;)立ち寄ってゆっくりした後、帰宅。

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 12/24は土曜で仕事は休みだったのだけれども呼び出しが掛かって昼前に職場へ。その後せっかくなので河川敷へ行ってみると白鳥が飛んできた。

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 着水を狙ってカメラを構えたのだけれど、思いっきり近過ぎる場所に着水されて望遠レンズでは撮れず…。水しぶきが掛かるくらい近かった。

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 ともあれ近過ぎる白鳥たちの顔写真を撮りつつ。

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 この日の白鳥とはさようなら。その後仕事を終えて昼過ぎに帰宅して、いつもの炊事洗濯などをしたクリスマスイブ。特別何かすることもないクリスマスイブほど気楽なものはない?というか、クリスマスイブだからって特別なことをすることもあるまい、という昔からの性分。

 と、世の中クリスマスで盛り上がってた夜にお気楽なまま眠りに就き、トイレに起きた12/25午前4時20分。窓の外から女性の叫び声が聞こえる。

 …?台所の窓がオレンジ色の光で揺らいでいる…。

 「…だー!火事だー!」

 うそ!?

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 台所の窓から見えた景色。火の粉が高く舞い上がり、既に火勢が強いことを物語っていた。とりあえずカメラは台所に転がしたまま、上着を羽織って現場に急行。

 現場に行ってみると数人が立っていた。どうやら火元近隣に住む住人たち。火元の家は窓が抜けて炎が凄まじい勢いで噴出し、隣家の壁を炙っていた。消防に連絡している人、知人が身内に連絡している人などが居たが、火元のほうから助けを求めるような声は聞こえない。

 「隣のアパートとかに住んでいる人たちは(火事のことを)分かっているかな?」と立っていた若い男性に聞いてみたところ既に避難しているだろうとのこと。緊急を要する救助などが必要なさそうな状況であることを理解したところで、近隣の消防出張所から出動する消防車のサイレンが聞こえ始めた。

 火勢が強過ぎて、もう何もできない。ここでカメラを取りに一度戻った。

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 再び現場へ。到着したばかりの消防隊員が現場周辺を確認し始める。既に火勢は屋根をも貫く勢いに。

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 消火活動が開始される前に一部は焼け落ち崩れ始めた。

 火元のこの家、某事件があって空き家になっていた。年明けには家主が解体する予定でいたようだが、不審火らしいこの火事で全焼。住宅密集地の火災は恐ろしい。風の無い日だったことが幸いしたが、風が強ければ、あるいはその方向によっては我が家にも飛び火しかねない状況だった。

 この火災は不審火のようだけれども、春先までの乾燥した季節くれぐれも火の元には極めて注意したいものです。

 そんなこんなで年が暮れ、年末年始に突入。年末唯一休みだった大晦日に閖上に出掛けたけれど、その時の画像はまた次回に。

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