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November 08, 2011

新川森林軌道跡プチ探索②

 11/3文化の日にプチ探索として新川森林軌道跡を訪れた話の続き。奥新川ラインというハイキングコースに一部化した森林軌道跡を西へ進み、奥新川神社を過ぎた頃、一際目立つ人工物が目に飛び込んできた。

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 それは仙山線の変電所跡地だった。数年前まではコンクリートの建屋で廃屋同然に存在しており心霊スポットと化していたが、3年ほど前に現在のような姿になったらしい。この奥新川直流変電所は、国鉄として東北地方で初めての電気鉄道用変電所であったと看板に記されていた。その看板の説明書きから内容を抜粋すると、作並-山寺間は長大トンネルと急勾配から電化を計画し、昭和12年11月の全線開通とともに直流電化区間とこの変電所が誕生。昭和43年の仙山線全線交流電化のときに使命を終えた。技術遺産として、山岳線電化を成し遂げた先人の功績を称え面影を残す、ということだ。看板には無かったが、ここでは人来田水力発電所から送電されてきた電力を用いていたらしい。

 仙山線は昭和30年に陸前落合-熊ヶ根間が日本初の交流電化を遂げた(当時この区間は試験線)。昭和32年に交流電化区間が仙台-作並間となり交流電化での営業を開始。同時に直流電化区間と交流電化区間の接点であった作並駅は日本初の交直流接続駅となった。

 仙山線が育んだ交流電化による試験データ等は以後の幹線交流化や車両開発に役立てられ、直流方式に比べ架線から大電力を効率良く且つ長距離に亘って得られる等した交流方式は後の新幹線システムにも応用された。昭和33年に技術的な裏付けが整ったとして新幹線の建設計画が承認された。

 …ってコレ、森林軌道跡の記事じゃなかったっけ?(笑)まあ、付随したモンだから良いとして…。

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 森林軌道跡との位置関係はこんな感じ。起点(奥新川駅)を背後にすると左手側、仙山線路盤との間の敷地に変電所跡はある。

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 変電所建屋跡の隣には展示小屋がある。

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 展示小屋の中には回転変流機や大理石製の配電盤、碍子(がいし)類が置かれていた。ガラス越しの撮影で反射により見苦しい部分はご容赦を…。

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 さて、もう一度変電所跡をよく見てみる。建屋があった範囲にはコンクリートの床が残されており、所々に鉄骨の柱と、おそらく何かの機器を設置していたのであろう鉄骨櫓が大きく残されている。

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 鉄骨櫓の内部には「1号」と「2号」のプレートが残されていた。これは何の番号だろうか。

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 森林軌道跡側を正面とすると、裏側右にも建屋外へと出入りする階段があり、裏庭?のような敷地に通じていた。建屋の真裏に当たるところは仙山線が走り抜ける線路である。

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 裏庭らしき敷地には、仙山線由来のものと思われる資材が埋もれていた。

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 池のような痕跡も。奥にはやはり廃材が野積みされ朽ちかけていた。

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 防火水槽?のような場所もあった。

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 なぜか真新しいベンチが一つだけあり、ここへ座って堪能せいと言わんばかり。確かに、建屋の跡や櫓も見れるし仙山線の往来も見えるし、木立の雰囲気も良い眺め。鉄道マニア垂涎の?一席。建屋を取り壊し、展示室を建てた時に設けたベンチなのだろう。

 なお、建屋跡の周囲には柵が設けられているので、基本的には立ち入るなという意図が分かる。が、どこかに目立って立ち入るなと掲げられていたようには記憶していない。ともあれ、立ち入らずに撮影をした。

 フラフラ敷地内の探索を終えて、森林軌道じゃなくて仙山線の遺構を堪能してしまった…。コンクリ建屋が取り壊される前に、超広角レンズを持ってきて撮っておきたかったな…。

 と、何気なく足元のブッた切られた鉄骨柱の断面を見たら…。

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 あれ…これって…。

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 レール、だよね?

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 あちらこちら、レール製の柱だらけ。頭を合わせて4本セットで、という使い方だったらしい。

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 レールの頭同士はスポット溶接で接合。底部は上画像のように細長い鉄板を斜めに互い違いにガッチリ溶接して4本を束ねて鉄骨材として再利用した、ということなのか。

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 建屋の外壁は低い位置の途中から高さを揃えて撤去されているが、その断面にも寝かされたレールらしきものが露出していた。もしかすると、このような「廃レール再利用」だったのだよ、という部分も見せておこうという意図が感じられる。鉄道マニアに配慮してる?(笑)

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 建屋正面の敷地のコンクリ地面にもレールらしきものが一定間隔で埋め込まれていて、ストライプの意匠?補強?が施されていたようだ。

 鉄道関係でレールが他に再利用されるということは少なくないようで、標識の支柱やら駅のホームの屋根の構造部分に使われていたりするそうだ。実際、新川周辺の自動車用林道に朽ち果てている古い標識にはレールの支柱が見受けられたりしている。

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 さて、レールの規格は…軽レール15kg(高さ約8cm、底部幅約8cm、頭部幅約4.3cm)くらい?…って、仙山線用のレールじゃないよねぇ…。昭和12年頃の仙山線のレールってどのくらいの規格だったのかしら。このくらいのレールの規格だと森林軌道用って考えたほうが自然かも。

 …って、そうすると新川森林軌道のもの?昭和12年に?森林軌道の運用が始まってすぐに?…。そう考えるとなんだかいろいろ変なことになるなぁ…。そもそもこの変電所のコンクリ建屋って昭和12年竣工だったのだろうか…。そうだとしたら、柱に使ったレールは再利用というよりも新品や余り物の流用だった、ということも考えられるよなぁ…。森林軌道廃止後、昭和34年以降に建て直したものだったら再利用濃厚ということなんだろうけど。んでも、仙山線と森林軌道じゃ管理・所有区分が異なるしなぁ…。国鉄がどこからか持ち込んだものなのかなぁ…。ブツブツブツ…。

 奥地に今も存在しているという森林軌道のレール、同じものなのかいつか確認しなければなるまい。

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 さて、仙山線の変電所跡を後にして、本日の本線?に戻る。森林軌道跡はまだまだ仙山線に沿うように延びている。

(続く)

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