« October 2011 | Main | December 2011 »

November 2011

November 29, 2011

借り物レンズ散歩(近所)

20111113_000
 11/13の話。カメラ雑誌の無料体験で借用することになったレンズ TAMRON 18-270mm F/3.5-6.3 Di II VC PZD [Model B008] をぶら下げて、近所である青葉山市有林(青葉の森)に散策へ出掛けた。(この記事に掲載する画像のほとんどは例のレンズでの撮影ですが、別レンズで撮ったものもあるので一応特記したりしておきます。)

 日の出と共に行動を開始し、とりあえずクルマで一度街へ出て朝マック・メニューを少々調達。食べながら散策地の入口まで辿り着き、青葉の森訪問者用の駐車場にクルマを停めて歩き出した。まだまだ訪れる人も居ない早朝、いざ出発。案内看板の表面にはビッシリと夜露が付着していた。

20111113_001
 で、いきなり出鼻を挫かれる。地震の影響なんだろうか。どうやら展望広場から先のルート上に大きな陥没があるらしい。展望広場までは行ったが鳥や獣の気配も少なく、展望すら出来ないほど木々が生い茂って久しいので退却。ルートを変更する。

20111113_01
 森の花園へと向かうコースへ。コース脇には朽ちて久しいウリハダカエデが…。崖際の柵などの安全対策は時々更新されているが、展望広場の展望が出来なくなっていたり、樹木の説明看板が無意味と化していたりするところの再整備は近年二の次三の次のようである。管理側も財政的に余裕が無いんだろう。

20111113_002
 切り株から削り出されたお地蔵様が奥に立つ。顔付きは少し…夢に出そうなのでアップでは撮れない(汗)。

20111113_003
 このくらいならまあ、何とか…。

 その先、山の稜線沿いとなるルートを歩いて行くと、キュキュ、キュキュキュ、と鳥にしては変な鳴き声が聞こえてきた。ホンドリス(ニホンリス)だろうと思って、気配のした木の近くに立って自分の気配を消すことにした。

 しばらくの後。

 ガササッ。

20111113_02
 ビンゴ。木から降りてきた。さすがにシャッター音に反応してしまい、満足に撮れたのはこの一枚だけ。

 その後また道は分岐を迎えるのだけれど、森の花園方面へは通行止めとなっていた。どうやら宮教大付近を過ぎた辺りで崩落箇所があるらしい…。その方向に行きたかったのだが…。宮教大付近から先には行く予定はなかったのだが…。

 じゃ、自己責任で…^^;

 先に進むと高圧電線下の木々が枝打ちされていた。あ、もっと早くに知っていれば、夏場に樹液性の昆虫なんかを観察するのが容易だったろうなぁという状況だった。そんな痕跡の木々が所々に見受けられた。

 しばらく進むと高圧電線区間を過ぎ、普通の森へと戻った。すると盛んに鳴くヤマガラの声が聞こえてきた。ゆっくり接近する。

20111113_03
 十数羽ものヤマガラが特定の木と周辺の林を頻繁に往来していた。何か獲物でもあるらしい。(以後の鳥画像は約1.5倍に拡大トリミングしています。)

20111113_04
 特定の木というのはエゴノキだった。飛来しては実をもぎ取って去っていくヤマガラたち。

20111113_05
 ヤマガラは秋にエゴノキの実を収穫?し、サポニンという毒性物質を含む果皮を剥いで種子を貯蔵する行動を見せる。おそらくは食糧事情の悪い冬への備えというところであろうが、ある論文ではエゴノキは果皮を剥がれた種子では発芽率が36%、果皮が付いたままでは4%であり、ヤマガラの果皮剥き貯蔵行動はエゴノキにとって種子拡散だけではなく発芽にまで貢献するものだとして報告されていたりする。面白い関係だ。

20111113_06
 上品に摘まんで行くヤツも居れば…。

20111113_07
 アングリと咥えて行くヤツも。

20111113_08
 近くにはシジュウカラの姿も見えたが…。

20111113_09
 エゴノキの実は興味ないようで、虫のようなものを捕らえて食べていた。

 エゴノキポイントを過ぎ、展望を目的に建てられた東屋へ辿り着く。が、ここも眺望は利かなくなっている…。目的は鳥なのだが…しばらく待っても周辺に鳥は現れなかった。

20111113_10
 東屋に居たアシグロツユムシ。(以後トリミングなし画像。)

20111113_11
 近くのクズの葉の上にも。寒くなってきたからか、少し元気が無いようだった。

20111113_12
 リスやヤマガラなど面白い被写体には多少は出会ったものの、満足感を得られるような一枚は撮れず。山を下り始める。

20111113_13
 季節柄、多くの雪虫(トドノネオオワタムシ)が舞っていた。飛翔する姿を追ってみた。

20111113_14
 置きピンにして何とか撮影。漂うようにゆっくり飛ぶ虫だから撮影できたようなもの。背景が暗いのが物足りない…。もうちょっと大きく撮りたいなぁとも思ったので、ここでマクロレンズにチェンジ。

20111113_15
 露出を明るめにし過ぎて撮れた偶然のファンタジー?でも、大きくは撮れなかった(テク不足&諦め)。

20111113_16
 山中で雪虫を追いかけていて、何年か振りにマジでコケた…(負傷なし)。

 で、午前9時頃には下山してしまった。クルマはそのままに、装備を借り物レンズに戻して周辺を散策する。

20111113_17
 ザッザッザッ…。

20111113_18
 ナンだよぅ。

 周辺を散策するも午前10時頃には小雨が降ってきて本格撤退。その後は昼寝をして一日が終わってしまった。

 後日も借り物レンズを装着して散策するようにしていたが飽きてしまい(汗)、シグマの120-400mmにテレコン1.4xとか付けて…。

20111119_01
 セキレイを撮ったりしたけど…。

20111119_02
 セキレイが水面に映り込んでいる部分を入れて撮らなければ!と思ったのも束の間、逃げられてしまった。最初からそうしていればなぁ…。

 も一度借り物レンズで楽しもうと思って散策しても…。

20111120_01
 アオサギは遠く…(約1.5倍拡大トリミング)。

20111120_02
 この程度ならトリミングなしでも何とか…(シラサギが手前の石の上に居るセキレイと睨めっこしてます)。

20111120_03
 でも、何となく撮りましたっていう画像ばかりを量産。

20111121_01
 流し撮りは、このレンズではどうしてもイズかった(シックリこなかった)…。

20111122_01
 職場近所の堰の上に飛び乗るだろうと、せっかく待ち伏せして撮影したコサギも後ろからの強い風で後頭部の羽毛が逆立って滑稽な顔になっちゃうし…。

20111122_02
 借り物レンズのお試しレポート提出に添付したくなるような画像は撮れないまま…。

20111122_03
 無料レンタル期間は残り1週間となってしまった(のが22日)。

 レポートに添えて提出しなければならない画像(プリント)は3~5枚。アレと、コレと…。あと1枚、なんか違う雰囲気の1枚が撮りたい。そうでもしないと3枚に至らない…。

 ということで、翌23日の勤労感謝の日に借り物レンズをぶら下げて出歩いた話はまた次回にでも。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 21, 2011

借り物レンズ

20111104_01
 新川森林軌道跡のプチ探索をして以降、特別どこかに行くというようなこともなく過ごしております。綺麗な紅葉を見せてくれる山奥は落葉しちゃったし。

20111104_02
 最近は職場や自宅の近所を散歩するくらい。そろそろ秋の最後をどこかに堪能しに行きたいなぁ…。(上画像は職場近くで撮ったキセキレイ。)

20111104_03
 職場近くの愛宕堰。古い石碑も埋もれ気味にあったりするような場所だけど…。

20111104_04
 突き出している棒が気になりました。

20111104_05
 レールだった…。何に使われてたレールだろうね…。

20111107_01
 最近、広瀬川では白鷺の姿を頻繁に見かける。

20111107_02
 目立つので思わずカメラを向けてしまう。

20111107_03
 いつも気ままに撮っているが、そんな私の手元に面白いものが届いた。期間限定だが…。

Tamron18270
 コレ。某カメラ雑誌の無料体験に当選した。APS-Cデジイチ用のレンズだが、広角18mmから望遠270mmまで一本でまかなえてしまうという脅威の15倍高倍率ズームレンズ。15倍なんていうのはコンデジでは在り得るものだけど、一眼用レンズではなかなか。

20111109_01
 18mmで。真ん中にトンビが居ます。

20111109_02
 270mmで。トンビだと分かります。いや、一本でコレって凄いんです。(以下、このレンズで撮った画像。)

20111109_03
 そんでもって、いろいろ試し撮り。広角側は非常にシャープ。広角では上画像までしか(花に)寄れないけれども。

20111109_04
 背景などのボケ加減も綺麗なほう。

20111109_05
 望遠側で小さなものを撮ると、キヤノン純正55-250mmと遜色ない感じではあるけれど…。

20111109_06
 最短撮影距離49cmから撮る画は少し違って見える気がする。

20111109_07
 望遠端で無限遠だと柔らかな描写になっちゃって、好みからは外れちゃうけどブログとかに小さな画像で載せる分には何ら影響ない感じ。

20111109_08
 月も普通に撮れてしまった…。(35mm換算だと432mm相当)

20111110_01
 お試し期間中は散歩のお供になりっ放しのこのレンズ。

20111110_02
 無料で借りてるからにはレポートと試写画像を提出しなきゃならないとか、手間もある…。(上画像は広瀬川に遡上したサケ?)

20111110_03
 こういう場面も撮ったりしているが…。

20111110_04
 当たり前の出来事を撮っているけど、試写画像として当たり前のようには出せないよなぁ…。

20111110_05
 そして意味の薄いようなものを撮ってしまったり…。

20111110_06
 目的を持って歩かないとダメだな。ってことで。

20111112_01
 今までも撮ったことのあるものでも、とりあえず足を運んでみたり。

20111112_02
 近所でも思わぬ場面に遭遇したり。

20111112_03
 サケ?の溯上を見守る親子にほっこりしたり…。

20111112_04
 期間限定じゃなくて良いんじゃないか?と思ったり…。

20111112_05
 懐かしい顔をわざわざ見に行ったりしてました。

20111112_06
 …このレンズ、便利だけど…。という感じです(私の使い道では)。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 11, 2011

新川森林軌道跡プチ探索④

 11/3文化の日にプチ探索として新川森林軌道跡を訪れた話の続き。仙山線の奥新川直流変電所跡地を見物し、さらに奥新川ラインを奥へ進んで、崩落の痕跡が色濃い地帯の中の、枕木が埋もれる架橋ポイントを通過。さらに先へと進む。

20111103_63
 さて、沢渡りの大迂回を終えて森林軌道跡はまた仙山線の下を抜ける。しかし、路盤の位置が今の道だとすると明らかに仙山線の橋の位置が低い。この仙山線の橋(四ノ沢橋梁)はどうやら森林軌道廃止後に建設されているようなので、その点は矛盾というほどのことはない。

20111103_64
 橋下の辺りには、ボルトが刺さったまま朽ちている角材が。ボルトの頭が青くペイントされていたが、これは後世に塗られたものだろう。この辺りは仙山線の橋工事の影響なのかどうなのか、森林軌道跡っぽさよりも人道気味の様相。道端には何に使ったものなのか分からないL字鋼材が数本枯葉に埋もれていた。

20111103_65
 更に先へ進むと道は軌道跡らしさを取り戻す。レールが敷かれていた頃を想像すると楽しくなる風景…。

20111103_66
 しかしすぐに軌道跡は険しさを増す。道幅は随分細くなっているが、右の崖下側には石積みも残っているし、こんな場所を通っていたということに間違いはなさそうである。似たような場所が定義の森林軌道跡でもあったなぁ、と思い出したり。

20111103_67
 軌道跡は何度目なのか、仙山線に接近していく。

20111103_68
 仙山線の橋に沿うように小さな沢を渡る人道用吊橋。

20111103_69
 橋の右側、崖下のほうには木造橋梁の残骸のような朽ちた木材が転がっているように見えた。

20111103_70
 左側、仙山線の橋脚の下の土手には枕木が…。仙山線で潰されてはいるが、森林軌道跡は吊橋の左側まで蛇行して橋でも架けられて渡っていたのだろう。

20111103_71
 吊橋を渡ってすぐの地面には、犬釘じゃなくて金具が残る枕木のようなものも埋もれていた。森林軌道の名残りなのか、吊橋の昔の名残りなのかは定かではない、な。でも、かなり古い。

20111103_72
 吊橋を渡って少しの間、道端には橋梁の残骸なのか何なのか、古い角材などが脇に置かれて枯葉に埋もれている。道はどこまでもフラットに続くようになる。

20111103_73
 奥新川ラインとしては分岐を迎えるが、もちろん真っ直ぐ進む。軌道跡だった直線がなんとも美しい…。

20111103_74
 やや浅い掘割を進むようになる頃、この掘割の右側を乗り越えて周囲の様子を見てみたら…。

20111103_75
 古い碍子がゴロゴロと捨てられていた。「IWABUCHI 1938」という文字が読み取れた。1938という数字が西暦なら、仙山線のこの区間としては開通翌年。直流電化時代のものだ。

20111103_76
 奥新川ラインは右へと進むのだが、森林軌道跡は真っ直ぐ。ここまで奥新川駅から2km弱くらい。ここが奥新川ラインとの重複区間の終わりであって…。

20111103_77
 今回のプチ探索の最終地点。柵に碍子を被せた人、誰だよ…(私じゃありませんっ)。

 この先、森林軌道跡は仙山線と重複しながら橋梁跡を残し、さらに奥へと続いている。あと4km弱くらい、ね…。ハイキングコースではないから、道だったところだとしても藪と化していることでしょう…。

 せっかくなので先程の奥新川ラインが右に行くところを少し降りてみると…。

20111103_78
 軌道跡の沢に面する部分には、一部崩れながらも石積がびっしりと奥へ続いていた…。

 というところで引き返すとするか。これ以上奥に進むには、相応の時間と覚悟?が必要だ。

20111103_79
 

20111103_80
 

20111103_81
 頭上はもちろん、足元の紅葉にも楽しみながら、ゆっくりとした足取りで奥新川駅方面へと戻る。

20111103_82
 仙山線の様子も楽しみながら。(これは橋を下から撮ったもの。)

20111103_83
 プチな散策ながら、いろいろ堪能できました。

20111103_84
 陽が沈む頃に奥新川駅前へ到着。紅葉のピークに訪れることができたのは幸いだった。気持ち良く歩くことができた。

 さてさて、奥のほうに行くのはいつになることやら…。

(とりあえず終わり)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 10, 2011

新川森林軌道跡プチ探索③

 11/3文化の日にプチ探索として新川森林軌道跡を訪れた話の続き。仙山線の奥新川直流変電所跡地を見物し、そこから奥側の森林軌道ルートを行く。

20111103_44
 地形の影響で南沢に沿ったルートとなると緩やかな蛇行を始める。奥新川ラインもこの辺りまでならクルマで入ってくることもできる。ただし、紅葉見物等で訪れる人のほとんどは奥新川駅前に駐車して歩いてきており、この辺りでは作業関係の車両や地元の人の軽トラ程度しか見掛けない。ハイキングコースということを考えれば車両の乗り入れは極力控えるのがマナー、という場所かもしれない。

20111103_45
 この辺りになると南沢側の路肩が狭くなり、場所によっては石積みで補強されている。奥新川ラインの整備で積まれたものと考えるよりは森林軌道の名残りと考えるほうが普通、かな。定義のほうでは玉石の石積みが多く見られたが、新川のほうは玉石ではない石積みのほうが多く見受けられるようである。

20111103_46
 昔々、ここはレールが敷かれていたんだね…。

20111103_47
 再び石積みが。場所によっては、南沢の流れまでダイレクトにダイブできてしまいそうなほど切れ落ちる崖の上を森林軌道跡は走っている。石積み見たさに身を乗り出すのもほどほどに…。

20111103_48
 この画像辺りまでがクルマの乗り入れ限界点。あとは方向転換が不可能な場所となる。(大型車ではここでもほぼ不可能だが…)

20111103_49
 切通しを抜けて行く。路盤をフラットに切り通すところに軌道路盤らしさがある。

20111103_50
 切通しを抜けると轍も存在せず、ハイキングコースらしさが色濃くなるが、元はレールがあった道。

20111103_51
 沢に降りて行く階段と森林軌道跡との関係。軌道跡はとにかくフラットに先へ。そして壮大な?石積み。ちなみに沢へ降りて行ける階段は封鎖されていた。下のほうでは危険箇所があるらしい。

20111103_52
 その石積み。苔生してもなお頑丈そうだ。

20111103_53
 沢へ降りて行く階段は廃枕木を使用しているもののようだ。この枕木は森林軌道のものなのか仙山線のものなのか分からない。固定しているボルトを見ていると定義の森林軌道橋梁に使われていたものを思い出す大きさだが、そもそも何に使われていたボルトなのか当然定かじゃない。きっと仙山線由来のものなのだろう…。

20111103_54
 森林軌道跡はまたもや仙山線の下をくぐる。が、かなり道幅が細い。この直前までの軌道跡の方向から考えると、本来の軌道路盤は右側の崖中、今は虚空となった場所を走っていた可能性がある。おそらく路盤崩落して、その後人だけが通れる状態に復旧した現場だろうと考えられる。

20111103_55
 仙山線下を通過した先の様子。森林軌道の路盤としては珍しくアップダウンがある。次の画像の場所を見て思ったが、上画像の場所は森林軌道の路盤ではなかったと考えられる。

20111103_56
 アップ後のダウン現場、少し九十九折に下る踏み跡。ここで周辺の様子を見て感じたことは、森林軌道の路盤はその昔、上画像とその前の画像の現場を右に大きく回り込んできていたらしいということ。つまり、仙山線下付近から上画像辺りまでの森林軌道路盤は崩落により現存していない、という感じであった。

20111103_57
 先に進むと沢を渡る橋が見えてくる。この付近を森林軌道も渡っていたはずだ。痕跡を探してみると、足元に…。

20111103_58
 あった。犬釘付きの枕木。間違いなくここは森林軌道跡。

20111103_59
 橋付近を見下ろす。倒木や流木に交じり森林軌道の橋梁だったと思われる朽ちた木材が散らばる川床。橋の対岸側橋脚の足元には枕木のような朽ちた角材が多数積まれている。そして、森林軌道の橋梁は今ある人道橋の位置ではなく、画像右側の一段高い位置が袂として存在していたようだ。

20111103_60
 人道橋を渡って振り返る。この画像だと左側の一段高い位置が森林軌道の橋梁の袂だったところだろう。そこに枕木も埋まっていたのだ。

20111103_61
 で、こちらの渡った先にも枕木が半埋没で存在していた。

20111103_62
 少し進むと軌道跡は再び微妙なアップダウン。この辺りは路盤への崩落土砂の上にハイキングコースが敷かれているという感じである。それであっても基本はハイキングコースとして整備・管理されている故、とても歩き易い。

 本日のプチ探索範囲の最終地点までは、あともうちょっと。

(続く)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 08, 2011

新川森林軌道跡プチ探索②

 11/3文化の日にプチ探索として新川森林軌道跡を訪れた話の続き。奥新川ラインというハイキングコースに一部化した森林軌道跡を西へ進み、奥新川神社を過ぎた頃、一際目立つ人工物が目に飛び込んできた。

20111103_17
 

20111103_18_2
 

20111103_19
 

20111103_20
 

20111103_21
 

20111103_22
 

20111103_23
 

20111103_24
 それは仙山線の変電所跡地だった。数年前まではコンクリートの建屋で廃屋同然に存在しており心霊スポットと化していたが、3年ほど前に現在のような姿になったらしい。この奥新川直流変電所は、国鉄として東北地方で初めての電気鉄道用変電所であったと看板に記されていた。その看板の説明書きから内容を抜粋すると、作並-山寺間は長大トンネルと急勾配から電化を計画し、昭和12年11月の全線開通とともに直流電化区間とこの変電所が誕生。昭和43年の仙山線全線交流電化のときに使命を終えた。技術遺産として、山岳線電化を成し遂げた先人の功績を称え面影を残す、ということだ。看板には無かったが、ここでは人来田水力発電所から送電されてきた電力を用いていたらしい。

 仙山線は昭和30年に陸前落合-熊ヶ根間が日本初の交流電化を遂げた(当時この区間は試験線)。昭和32年に交流電化区間が仙台-作並間となり交流電化での営業を開始。同時に直流電化区間と交流電化区間の接点であった作並駅は日本初の交直流接続駅となった。

 仙山線が育んだ交流電化による試験データ等は以後の幹線交流化や車両開発に役立てられ、直流方式に比べ架線から大電力を効率良く且つ長距離に亘って得られる等した交流方式は後の新幹線システムにも応用された。昭和33年に技術的な裏付けが整ったとして新幹線の建設計画が承認された。

 …ってコレ、森林軌道跡の記事じゃなかったっけ?(笑)まあ、付随したモンだから良いとして…。

20111103_25
 森林軌道跡との位置関係はこんな感じ。起点(奥新川駅)を背後にすると左手側、仙山線路盤との間の敷地に変電所跡はある。

20111103_26
 変電所建屋跡の隣には展示小屋がある。

20111103_27
 展示小屋の中には回転変流機や大理石製の配電盤、碍子(がいし)類が置かれていた。ガラス越しの撮影で反射により見苦しい部分はご容赦を…。

20111103_28
 さて、もう一度変電所跡をよく見てみる。建屋があった範囲にはコンクリートの床が残されており、所々に鉄骨の柱と、おそらく何かの機器を設置していたのであろう鉄骨櫓が大きく残されている。

20111103_29
 鉄骨櫓の内部には「1号」と「2号」のプレートが残されていた。これは何の番号だろうか。

20111103_30
 森林軌道跡側を正面とすると、裏側右にも建屋外へと出入りする階段があり、裏庭?のような敷地に通じていた。建屋の真裏に当たるところは仙山線が走り抜ける線路である。

20111103_31
 裏庭らしき敷地には、仙山線由来のものと思われる資材が埋もれていた。

20111103_32
 池のような痕跡も。奥にはやはり廃材が野積みされ朽ちかけていた。

20111103_33
 防火水槽?のような場所もあった。

20111103_34
 なぜか真新しいベンチが一つだけあり、ここへ座って堪能せいと言わんばかり。確かに、建屋の跡や櫓も見れるし仙山線の往来も見えるし、木立の雰囲気も良い眺め。鉄道マニア垂涎の?一席。建屋を取り壊し、展示室を建てた時に設けたベンチなのだろう。

 なお、建屋跡の周囲には柵が設けられているので、基本的には立ち入るなという意図が分かる。が、どこかに目立って立ち入るなと掲げられていたようには記憶していない。ともあれ、立ち入らずに撮影をした。

 フラフラ敷地内の探索を終えて、森林軌道じゃなくて仙山線の遺構を堪能してしまった…。コンクリ建屋が取り壊される前に、超広角レンズを持ってきて撮っておきたかったな…。

 と、何気なく足元のブッた切られた鉄骨柱の断面を見たら…。

20111103_35
 あれ…これって…。

20111103_36
 レール、だよね?

20111103_37
 あちらこちら、レール製の柱だらけ。頭を合わせて4本セットで、という使い方だったらしい。

20111103_38
 レールの頭同士はスポット溶接で接合。底部は上画像のように細長い鉄板を斜めに互い違いにガッチリ溶接して4本を束ねて鉄骨材として再利用した、ということなのか。

20111103_39
 建屋の外壁は低い位置の途中から高さを揃えて撤去されているが、その断面にも寝かされたレールらしきものが露出していた。もしかすると、このような「廃レール再利用」だったのだよ、という部分も見せておこうという意図が感じられる。鉄道マニアに配慮してる?(笑)

20111103_40
 建屋正面の敷地のコンクリ地面にもレールらしきものが一定間隔で埋め込まれていて、ストライプの意匠?補強?が施されていたようだ。

 鉄道関係でレールが他に再利用されるということは少なくないようで、標識の支柱やら駅のホームの屋根の構造部分に使われていたりするそうだ。実際、新川周辺の自動車用林道に朽ち果てている古い標識にはレールの支柱が見受けられたりしている。

20111103_42
 さて、レールの規格は…軽レール15kg(高さ約8cm、底部幅約8cm、頭部幅約4.3cm)くらい?…って、仙山線用のレールじゃないよねぇ…。昭和12年頃の仙山線のレールってどのくらいの規格だったのかしら。このくらいのレールの規格だと森林軌道用って考えたほうが自然かも。

 …って、そうすると新川森林軌道のもの?昭和12年に?森林軌道の運用が始まってすぐに?…。そう考えるとなんだかいろいろ変なことになるなぁ…。そもそもこの変電所のコンクリ建屋って昭和12年竣工だったのだろうか…。そうだとしたら、柱に使ったレールは再利用というよりも新品や余り物の流用だった、ということも考えられるよなぁ…。森林軌道廃止後、昭和34年以降に建て直したものだったら再利用濃厚ということなんだろうけど。んでも、仙山線と森林軌道じゃ管理・所有区分が異なるしなぁ…。国鉄がどこからか持ち込んだものなのかなぁ…。ブツブツブツ…。

 奥地に今も存在しているという森林軌道のレール、同じものなのかいつか確認しなければなるまい。

20111103_43
 さて、仙山線の変電所跡を後にして、本日の本線?に戻る。森林軌道跡はまだまだ仙山線に沿うように延びている。

(続く)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 07, 2011

新川森林軌道跡プチ探索①

 天気予報は午後から晴れ。そんな11/3文化の日の午後イチに、JR仙山線・奥新川駅前を訪れた。駅前の僅かなスペースに駐車してスタート。何がスタートかと言えば、秋を堪能しつつ新川森林軌道跡周辺をプチ探索しようという魂胆。黒子甘党氏も同行。

20111103_04
 今回は「プチ」な探索であるため、森林軌道跡と奥新川ライン(ハイキングコース)が重複している部分のみを探索する。午後イチという時間帯には空は気持ち良く晴れ、絶好の散策日和となっていた。

 上画像の中央から、奥新川ラインとされるハイキングコースは山奥へと続いている。森林軌道の当時の起点がドコであるのか明確な資料等は無いが、奥新川駅前を仮に起点と考えることが多いようである。

20111103_05
 さて、一歩踏み入る。何ら変哲の無い林道のようにも見えるが、極めてフラットでしっかりとした路盤である。そういう点で森林軌道の跡であろうと想像するに難しくはない。ただし、この奥は仙山線由来の施設なども存在した場所であるため、この入口の時点で純然たる森林軌道の路盤だったのかどうかは断定できない。仙山線関連の作業道でした、ということも考えられなくはない。

 もしかすると、どこかの記事で証言等を得て、入口付近から既に森林軌道跡だよ~と言っているかも知れないけれど、ともあれ私は知らない。

 とりあえず今回、軌道跡ということにして話を進めることにする。

 以前、定義森林軌道跡(の前半区間)を歩いたときの記事でも説明をしているが、森林軌道(森林鉄道)とは木材運搬に用いられている産業用鉄道のことであり、日本では明治後期以降、自動車用林道の整備が進むまでの間は各地に存在した。宮城県内でも4箇所(花山、漆沢、定義、新川)ほど既知の森林軌道があり、それぞれ自動車用林道等の発達によってその運用を終えたと思われる。

 そうそう、花山の森林軌道跡は、岩手・宮城内陸地震のときの大規模山崩れで大部分が埋まってしまったね…。探索しないままにサヨウナラ物件となってしまった。

20111103_06
 さらに数歩先へ。気持ち良く道は延びている。

 奥新川周辺は奥羽山脈の山間にあり、明治の頃より新川鉱山(秋保鉱山)によって集落が形成されたという。昭和10年に仙台営林署が生産事業所を設け昭和34年まで木材を輸送させていたようである。つまり、新川森林軌道はおそらく24年間ほどの運用だったのであろうと推測される。定義森林軌道より3年早くに始まり、1年早くに終わったということになろう。

 ただし、今回訪れているのは新川の南沢に沿った軌道跡のほうである。北沢にも軌道跡があるため、そちら側が最後まで運用していた路線だとすれば、こちら側は昭和34年よりも前に運用を終えていたという可能性もある。

20111103_07
 軌道跡は緩やかにカーブしながら西へ、山奥へと延びている。

20111103_08
 こういう秋の景色を楽しみながら歩くことも今日の目的の一つ。秋のオーラスを飾る眩しいばかりの紅葉。

20111103_09
 軌道跡は仙山線の橋の下を抜けて行く。ハイキングコースであることと紅葉の季節が重なり、割と行き交う人の姿は多い。

20111103_10
 仙山線の橋の下を抜けた先は沢を回り込むようにして渡るルートとなっているが、そこには大きな木造橋梁がある。これは森林軌道由来のものではないといわれていて、奥新川ラインを整備したときにハイキングコースの一つのアトラクション?として作られたもののように考えられている。実際、橋脚だけじゃなくて橋桁まで丸太っていうのは何だかおかしい。定義(の前半区間)では残存する全ての橋の橋桁は角材だったのだ。

 おそらく、この地域に多く残っていた森林軌道の橋梁を真似て作ったのだろうと。ただ、この画像の場所にも森林軌道としての橋梁は存在していたことであろう。なお、奥新川ラインや新川ラインというハイキングコースを整備したのは旧国鉄で、管理は現在仙台市によって行われている。

20111103_11
 沢を渡った軌道跡は再び仙山線の橋の下を抜けて行く。

 森林軌道が地形に沿ってクネクネ曲がるのに比べ、仙山線の直線的なルートが垢抜けて感じるというか、より近代的というか。新幹線なんか超直線的と言えるだろう。

 話は逸れるが、仙山線と新幹線って歴史的に興味深い関係なんだね。という話は後の機会にしよう。

20111103_12
 仙山線の橋の下を抜けると、仙山線と併走するように軌道跡は続いている。フラットで、緩やかな弧を描き…気持ち良い。

20111103_13
 しばらく進むと右手に広めの敷地があり、正体不明のコンクリート構造物が草むらに点在するところがある。これが森林軌道由来のものか仙山線由来のものか明確ではない。

20111103_14
 広場の先には杉木立と赤い鳥居。

20111103_15
 奥新川神社なるものが鎮座する。仙山トンネル(面白山トンネル)を掘ったときの鏨(たがね)を奉っているとのこと。こちらは仙山線由来なのか…。

 …などと道端の人工物に目を向けていきながら歩いていると、一際目立つ人工物がその先に待っていた。

20111103_16
(次回へ続く)

| | Comments (0) | TrackBack (0)

November 05, 2011

深まった秋に

20111025_01
 否応無く深まった秋。皆様いかがお過ごしでしょうか。私は微妙に元気です(なんだそりゃ)。

20111025_02
 8月以降の不運期?も脱した感があり、そろそろ前向きに今後を過ごして行きたいところ。仕事上のイライラ・ストレスは続くだろうけど。

20111029_01
 今年の秋は、山奥で紅葉が始まった頃より割と(近場ばかりだが)出歩いているので長く感じる。例年よりも秋の進行、初冬の訪れは遅いだろうか。それも要因しているのだろうけど。

20111030_01
 季節とは無関係だけど、たま~に休日の昼間にカメラ持って街中を歩いてみると、目に付くのは美しくない光景ばかりだったり。

20111030_02
 それはそれで気になるんで、撮っておく。

20111030_03
 大震災が発生して間もなく8ヶ月。一応の平穏は見られるようになってきたけど、津波被害の沿岸部や地すべり被害の丘陵地に生活の場のあった人々を始め、原発事故被害で郷里から離れて暮らしている人々のことを思えば、本意ではない現状も報道等の影に埋もれるように膨大に存在していたりするんだろう。

 そう考えると、本当の復興なんて何年先、何十年先になるのか、と。

20111102_01
 季節はそろそろ冬を迎えてしまう。日本という国も冬の時代を迎えてしまうのかな。

20111103_01
 …などと見通せぬ未来に悲観ばかりしても仕方ないので、秋を堪能するためにお出掛け。3日文化の日は午後から晴れるという天気予報だったので、仙台市西部へと紅葉見物+αに出発。

20111103_02
 途中、鳳鳴四十八滝に立ち寄って秋の姿を堪能。滝周辺はちょうど良い感じに紅葉していた。ただ、紅葉を撮ろうという目的でお出掛けしたわけじゃなくて…。

20111103_03
 こんな風景を撮りたかった、というだけではなくて、+αの部分とは某所のプチ探索が目的だったのだが…。

 詳細は次回。

| | Comments (1) | TrackBack (0)

« October 2011 | Main | December 2011 »