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April 04, 2011

閖上までの道(2)

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 宮城野区蒲生から南下を始め、しばらく進むと家屋がまとまって建っている一角があった。通り掛けに手前に位置した家屋の様子を見ると、津波の激しい流れで一階部分が半分ほど削られている家屋であった。しかし、その家屋の海側(画像奥側)に目をやると…。

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 家屋があったという痕跡を残すだけの場所があった。

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 更に海側にも。

 津波の威力の痕跡をまざまざと見せ付けられつつ、この地に暮らしていた人の気持ちを思うと胸が痛んだ。

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 同じように傾いた電柱は、津波の行く先を示している。

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 頻繁に飛んでいるヘリ。海岸線に打ち揚げられる行方不明者の捜索活動だろう、と、飛行ルートから察することができた。

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 重なって大破している車両。この場所の車両は、おそらく車両解体場から流されてきたものだろう。

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 その海側にある解体場には、解体を待つ車両が次々と運び込まれ、積まれていた。

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 先程の傾いた電柱のところまで来た。

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 近くに折り重なっている車両たち。

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 自転車で、農道を内陸方向に走り去っていく人。

 この日、私を含め自転車で走っている人が何人も居た。ほとんどの人が、時々立ち止まっては神妙な面持ちで付近を眺め、また走り去っていった。

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 再び、ヘリが海岸線上空を戻ってくる。海岸線の波間の状況変化を、比較的短い時間で観察していたのかもしれない。

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 海側(画像手前側)に向かって傾いている電柱もあった。おそらくは地盤が緩んだことにより、引き波の時かそれ以降に傾いたのだと思う。

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 しばらく南下を続け、荒浜の入口に差し掛かろうかという狐塚という地名のところにあるお社。僅かに高い盛土と少しの木々が、お社を津波から守ったようだ。周辺はとても平坦なので波や流れが暴れることなく過ぎ去ったであろうことも、お社が残ったことに一因しているのかもしれない。

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 その後、荒浜の入口付近で交通整理をする警察官に行き先を訊ねられ、閖上と言うと国道4号バイパスまで迂回せよとのこと。閖上大橋は補修工事に入ったので渡れないという話だった。進行方向を内陸側に誘導されたため、そのまま農業園芸センター方向に向かってみた。

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 農業園芸センター正面入口より。敷地の門扉は閉ざされていた。敷地内一帯にも泥が随分と堆積していた。

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 西側より覗いてみる。ここにはこれまで目にすることが無かったものが転がっていた。

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 魚の死骸…。農業園芸センターの脇にある沼から打ち揚げられた淡水魚だろう。敷地内のあちらこちらに転がっていた。

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 その沼の畔まで行ってみた。流木が相当量存在した。

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 沼の様子。この沼の上空も、ヘリが超低空で捜索活動をしているのを見掛けた。

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 東部道路より内陸側まで行き、南進する。ここも浸水し、かなりの量の瓦礫が流されてきており、付近の田畑を埋め尽くしている。

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 東部道路を越えてきた水は、通路や水路、高架下を抜けてきたもの。この通路を抜けてきた水の勢いは強かったようで、路面のアスファルトを削り取っていた。

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 通路の中に入ってみた。中央分離帯と並行するように存在する通路中央部の天面~側面の目地は7cmほど開いているようだ。東部道路も地震によりダメージを負っているのだろう。

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 通路内に流れ着いていた国語辞典。ほかには、電球やタンス、漁具などが散乱していた。

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 通路を抜けて東部道路より海側を望めば、今まで見てきた光景と同様に荒野のような状況。

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 東部道路の築堤脇には堆積した泥と瓦礫がたくさんあり、道路啓開作業によって更に高く盛られていた。(左が海側)

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 この付近は辛うじて水田の面影を残していた。この後、再び東部道路の内陸側へ戻り南進した。

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 三本塚付近。東部道路の内陸側より、内陸方面を望む。

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 こんなところにまで漁具や網が流されてきていた。

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 放置された白いトラック。東部道路の高架下を流れてきた濁流は、東部道路より内陸側でも車両を押し流したようだ(右が海側)。このほか数台の放置車両が道路脇に存在し、中には片側一車線を塞ぐように放置されているものもあった。

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 東部道路より再び海側に入り、二木の二又にて。右奥が海。

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 津波が押し流してきたものが最初に引っ掛かるような場所にある建造物には、相当な量の瓦礫が存在していた。(右が海側)

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 水田に大破した車両。車種は分からない。

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 更に沿岸に進むと、やはりそこも荒野のようになっていた。水田地帯だった面影は薄い。

 この後、渡れないと分かってはいたが閖上大橋付近まで南下していくことにした。

(続く)

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