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March 17, 2011

東北地方太平洋沖地震

 地震後、初めて自宅にて一晩を過ごそうとしています。地震の日の深夜に自宅と実家の様子を確認するため3時間ほど出歩いた以外、ずっと職場に缶詰となっておりました。御存知の方も居られるとは思いますが、とりあえず私はケガをすることも無く、無事でした。

 地震発生時は職場に居ましたが、2Fの屋上に出ていた時だったため屋外で地震に遭いました。地鳴りと共に細かな縦揺れが始まり、「二日前の地震の、大き目の余震か?」と思った次の瞬間には一気に揺さぶられ、それが間違いなく宮城県沖地震の類だと悟りました。

 周囲のマンションから聞こえる悲鳴や食器が割れる音の中、しばらく屋上に身を置き、強い揺れの中、1分弱ほどで揺れがピークを超えたと感じ、少し間をおいて建物内に戻ったところに最大の横揺れが起き、私は壁に肩を打ち付け(厳密に言うと横揺れで大幅に移動する壁が、慣性の法則で地点に留まっている私の肩を打ち付けてきた)、点滅後に消えた照明の中で何度も壁に吹っ飛ばされそうになりながら手摺りと格闘して階段を降り、建物の防災盤がある1Fの警備員の部屋まで辿り着きました。しばらく時間を要して辿り着いたにも関わらず揺れは収束せず、ガラス張りの玄関ホールにしゃがみ込む二人の人にガラスから離れるように注意し、それでもまだ揺れは収まらず、事態を見守るほかない状況となりました。

 2分以上続いたと思われる強い揺れ。ピークが二度三度あったような納まらない激震。昭和53年の宮城県沖地震は経験しているものの幼かったため記憶がなく比較することはできないけど、ピーク的な揺れが数度起きたこと、揺れが長かったこと、TVでの各地の震度情報では強震域が広範囲なことから、各地が連動した地震だろうという想像は難しくない感じでした。

 その後、職場の建物の被害の復旧や片付けに努め、実家と自宅の様子を確認しに出掛け、自宅近くの見晴らしの良い場所に行ってみた。

20110311_01_l

 暗い街並みに赤々と燃えるLPGタンクの炎。いつものこの場所からは不釣合いなほどに輝く満天の星空…。大津波もあり、膨大な人名が失われているであろうことを想像すると、とても悲しみに充ちた星の光に見え、気が滅入った。

 以降、一食当たり紙コップ半分~一杯程度の米を食べつつ仕事を続け、対応に追われてきた。昨今、圧倒的に食糧事情と燃料事情が悪い。帰宅してから近所の個人商店に並んで買えた物は、ガム数個とニンジン、はっさく。夜になって親父と姉が寄宿することとなった伯父宅(仙台市西部)へ向かったが、かなり遠方より仙台市街まで自転車による買出しに来ていた人が戻って行く姿を頻回に見る。その後帰宅してやっと着手できた自宅室内の片付けを進めつつ、ニンジンを米と一緒に炊き込んで人参飯に。そんな生活が続くことになるのでしょう。

 まだ食えるだけマシです。紙コップ半分でも。早く沿岸の津波被災地が支援により救われてほしい。

 

※2011/7/28追記

 当記事に掲載している画像は7/25付で、テレビ番組制作会社(O社様)あて使用許諾しております。

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Comments

今頃ですが、ご無事で何よりでした!
こちらも二人とも無事で元気にやっています!

Posted by: なおゆこ | April 07, 2011 at 10:05

なおゆこさん
大余震のほうでも無事でしたか?
メアド分からないので、
クワガタホムペよりお知らせください。
いずれ再び落ち着いたころに肉でも…。

Posted by: Sakazuki | April 08, 2011 at 08:04

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