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November 20, 2010

晩秋の蕃山歩記(後編)

 11/14に歩いた蕃山の記事。前編では主に大梅寺まで、中編では大梅寺~蕃山開山堂手前までの道のりの記事であった。それもいよいよ?後編へ。

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 大梅寺から蕃山の尾根沿いの山道を西へ歩くこと約1.7km。間もなく蕃山開山堂というところで太白山方面をスッキリ望めるポイントがある。木々に葉が残っている季節は基本的に眺望の利かない山道なのだが、この場所だけはいつでもスッキリ見渡せる。空の薄雲が無ければね、もっと気持ち良い風景なんだけど。

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 その眺望ポイントの背にはお地蔵様が佇んでいる。しかし、このお地蔵様は顔無し。遥か昔に欠けたのか割られたのかは定かではない。

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 そして到着した蕃山開山堂。蕃山の頂上部でもある。案内看板によれば大梅寺より1.86kmを歩いたことになる。大梅寺の麓からだと2km強というところか。

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 開山堂前からの眺め。先程の眺望スポットに比べれば手前の木々の影響で眺めはそんなに良くはない。

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 蕃山開山堂は常寂光塔と言い、大梅寺奥院である。説明看板があったので、その内容を以下のとおり。(●~●の間が引用)

●常寂光塔(大梅寺奥院・蕃山開山堂)

 大梅寺の開山雲居禅師の塔所。禅師は諸国の山野を行脚し、全国に173ヶ寺を開山。天皇にも禅を講じ、後に朝廷から大悲円満国師と諡名された京都妙心寺の禅宗の高僧である。

 藩祖伊達政宗が瑞巌寺を創建し開山に懇請されたが固辞して請けず、27年間も待ち続けた政宗の遺言に心を打たれ、遂に松島に来て瑞巌寺の開山となり、その誠意に報いた。

 慶安3年(1650年)の冬、蕃山の麓に来て庵を結び終焉の地と定めた。この蕃山をこよなく愛で何時も大梅寺より登って来ては此所で座禅を組んだ。「熊や鹿がよく遊びに来て呉れた。」と自ら漢詩に書き残している。

 万治2年(1659年)入滅。78歳。この山頂に葬る。遺命により墓石を建てず。元禄13年(1700年)四代藩主伊達綱村によって、その上に堂を建て常寂光塔と称す。現在の堂は嘉永6年(1853年)の建立。

 堂内の正面は雲居国師、右は蕃二、左は蕃三郎の像である。●

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 その堂内。堂の戸は普段は閉められているが、開けて中を覗き込むことはできる。

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 一息ついていると、杖を突いて初老の男性が息を切らせながら登って来た。地元の人のようだが、年金暮らしで金が無くて何もできない、山を歩けば金が掛からない、これからは共○党だ、若い者はこんなところに来ないで街で金使って資本主義に貢献しなさいetc、etc...

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 蕃山開山堂を最終目的地として飯を予定していたが変更。西風蕃山(ならいばんざん)を目指すことにする。そっちのほうにも眺めの良い気持ち良い場所がある。開山堂の裏手には古ぼけた石碑があり、その脇を抜けて尾根沿いを更に西へ進む。

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 晴れていれば木々の隙間から見える景色も良い道だろう。この山の尾根は青葉区と太白区の境界でもある。右が青葉区、左が太白区ということになる。

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 秋も終わりを迎えた尾根道を進む。時折多少のアップダウンはある。

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 電波塔が見えてくる。その脇を抜けて行く。

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 西風蕃山山頂に到着。三等三角点がある。三角点とは地図や地形図を起こす時の三角測量の基準点で見晴らしの良い山頂などに設置される。宮城県内には2532(+2)の三角点があるようで、一等が14(+2)、二等が107、三等が731、四等が1680となっている。+2とは船形山と栗駒山の一等三角点のことで、厳密には山形県や岩手県に所在していることになっているようである。この三角点を探すことを目的に山登りをする人も多い。

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 更に西へ進み、もう一つの電波塔脇を抜けて行く。2本の電波塔、どっちがどっちだか忘れたが、国土交通省のものと警察無線のものである。蕃山開山堂からは約1km西に位置する場所だ。

 昔、この辺りで道端に転がっていた朽木を蹴飛ばしたら、中からクワガタムシの幼虫が出てきたことがあった。羽化させたらアカアシクワガタの♀となった。もう10年近く前の話。

 で、このちょっと先に眺望ポイントがあり…。

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 古典的な方法で精度悪いけど、パノラマ合成してみた(画像をクリックすれば別窓で大きく見ることができます)。北を中心に東西約160度ほどの景色が堪能できるだろうか。倒木をそのまま転がしたベンチがあり、休憩にも良い。午後1時到着。ここで昼飯にした。

 上のパノラマ画像に写っているものを説明すると、右側(東側)奥から仙台市街、その手前に青葉山や放山界隈、更に手前に郷六や折立交差点付近が見える。正面には権現森。その左奥には七ッ森が見え、権現森の手前(蕃山丘陵の北側麓でもある)には落合や栗生地区が広がる。左側(西側)には芋沢地区や大沢地区が見渡せ、奥には泉ヶ岳や北泉ヶ岳、その西側におそらく三峰山、後白髪山などが見えている。

 私の職場から蕃山見えるからなぁ。私の職場もここから見えるはずなんだが。霞んでてよく分からなかった。

 気持ち良く昼食を終え、周辺の景色を楽しんでいたら…。

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 カメラバッグに潜り込んできたナミテントウ。越冬場所でも探していたんだろうか。

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 私のカメラバッグでは越冬できないよ?ということで、悪いんだけどその場に置き去り。ナミテントウは斑紋の変異が多様で面白いね。

 午後2時前、下山を開始。カメラレンズを広角から望遠に換装して、鳥や紅葉など撮りながらゆっくり帰ろうかと。

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 コガラかな?ちょっとピン甘…。

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 ヤマガラ。顔撮れず…。

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 陽射しが欲しいなぁ…。

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 コゲラ。やっぱりピン甘…(テレコン付けてマニュアルフォーカスだとピント合わせるのに時間がかかる未熟者…)

 他にもオナガ、シジュウカラ、ホオジロなどを見掛けたけれど、いずれも素早く飛び去ってしまい満足に撮れず(汗)。

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 薄日が差して来た頃に大梅寺へ下山。往復6kmの散策路、久々の蕃山散策もお終いとなった。

 またいつか、気持ち良い季節に歩いてみることだろう。

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