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October 16, 2010

定義森林軌道跡探訪記:序

 若い頃だったのか、子供の頃だったのか。いつの頃だったか思い出せないが「大倉川の山奥に木の橋が架かっているんだよ」と誰かに教えられたことがある。そして2年前、大倉川の西隣の川になる青下川に架かる廃橋のことを調べていろんな人に話を訊いているうちに、「定義の奥の橋のこと?」と言われたことがあり、その「大倉川の山奥の木の橋」という存在を思い出した。

 その木橋の存在をネットで調べていくうちに、共通する、あるキーワードで情報は集約されていった。

『定義森林鉄道(または軌道)』

 自動車用林道が発達する以前、仙台市青葉区西部の大倉川沿いに、山から切り出した木材を運搬する鉄道が存在し、木橋はその遺構であると。

 木橋のことだけではなく、その森林鉄道のことも調べ始める。

  • 昭和13(1938)年に竣工し、昭和35(1960)年に廃止。
  • 総延長が11.3km。
  • 森林鉄道としての規格は2級、森林軌道として区分される。
  • 名称を「定義林道」と言う。

 森林鉄道の詳しい資料というのは一般的にあまり残されていないらしく、ネット上で得られる情報も少なかった。だが、廃線鉄道ファンや廃道ファンが綴る踏査記事で見る定義森林軌道のルートからは、定義林道という名称からも自動車用林道である現:定義林道が整備される前のその一帯の林業に貢献した森林軌道であることは容易に想像ができる。

 そして、踏査記事で見受ける画像の数々を見るにつけ、物心付く前より遊び親しんだ地域(仙台市青葉区中西部)に残るその遺構は、廃鉄廃道ファンとは言えない地元民の私が「実際に見ておきたい」と思うには充分過ぎる威容を誇り、存在感に満ちていた。

 「実際に見ておきたい」なんて一昨年に思いつつ、昨年はすっかり忘れていたりもしたんだけど(笑)。

 ここで、この記事をUP直後に読まれている方で、定義森林軌道の存在を知らなかった方に私の気持ちを伝えておきたい。「定義森林鉄道」や「定義森林軌道」という言葉で検索を掛ければ、結構多くの記事や画像に辿り着くことができるのだけれども、それらを今見てしまうことは、今後私がUPする記事内容を見てしまうこととほぼ同義となってしまう。道は一本しかなく、私の歩みは何番煎じか分からないほど後発。探検気分を味わってもらうため?には、申し訳無いのだけれど私の記事UPペースにお付き合いいただき、少しずつ定義森林軌道のことを知ってもらえれば幸いであり、記事に長々とまとめる甲斐を私も見出せる(笑)のです。

 定義森林軌道のことを御存知の方は、軌道の近況を窺い知る、私の歩みと先人たちの歩みを比較するなど、また別な感覚でお楽しみいただければ幸いです。

 話を本題へ戻す。

 私が目にしておきたいものは、第一に「大倉川に架かる木橋」、第二に「軌道跡全般」となった。目的の木橋までは、さほど苦にならない行程でアッサリ辿り着くことができることは調べが付いた。最寄の車道から徒歩で山道と化した軌道跡を辿り15分足らずで到達してしまう所に存在している。私は食事の時、好物は最後のほうまで残しておく性格。それ故に、目的の木橋よりも手前側(並行する大倉川で言うと下流側・軌道の始終で言うと起点側)に位置する既知軌道跡を見ずして第一目標に辿り着くことは、気持ち的に美味しくないのである。

 目的の木橋よりも軌道起点側となる既知軌道跡というのは、定義如来西方寺付近より大倉川右岸の山中を通り十里平地区へと抜ける範囲に存在しており、先人たちの記録を見るからに山歩き慣れをしていないと困難や危険を伴う状況であることは判断できた。幸い私は道無き山を遊び場に育ってきたこともあり、都会育ちの人に比べれば身の丈に合わせた状況判断はできるほうだと思っている(頻繁に登山する人などに比べれば劣るとは思っている)ので、「無理だと思ったときが引き返し時」と途中退却も想定しつつ、起点側軌道跡から辿る行程こそが自分らしいと考えて赴くことに決めたのであった。

 なお、目的の木橋より奥に存在する終点側軌道跡については、起点側軌道跡を歩いたその日のうちに歩き切れる距離ではないので、第一次探訪の進捗次第で考えることとした。

 ここで、いくつかの課題を解消しなければならないと感じた。「無理だと思ったときが引き返し時」という諦めの余地は大前提にし、危険を冒すようなことにならないこと、無傷の生還を果たすことが至極当然ではあるのだが、万一の事態などを想定しなければ赴けない。第一に「単独行で問題ないか?」ということが思い付いた。

 大きな怪我などで身動きが取れなくなるような事態を想定すると、同行者が居るということは大きなメリットであり、身を動かすために手を借り肩を借りるということもあれば、助けを呼んできてもらえるということも考えられる。ケータイは通じない場所と想定して良い(そもそも私はPHSで、熊ヶ根から少し大倉方面に入った地点で既に圏外だが…)。山歩きの経験豊富そうな人で、私の興味事に巻き込んでも良さそうな人は思い付かない。仕事としてお金払えば来てくれそうな人はいるのかもしれないが…。

 結局、起点側軌道は大倉川を挟んだ対岸に車道が走っており、身動きが取れないような万一の事態にはそこから気付いてもらえるよう配慮をすることで、今回は単独行で行くことにした。配慮とは、ホイッスルや赤色点滅ランプ等の携行程度であり、単独行としては充分なものとは言えないのだが…。「キノコ採りなんかで一人でも入るような山」と言われればそれまでだが、それは勝手知ったる何とやら的な山になっている人からすればの話であり、初めて歩こうとしている未経験の山が荒れていると分かっていての単独行というのは、比較的身近な山と言えども多少緊張するものである(私は)。特に今年は里近くでのクマ出没率が高いらしいし…。

 また、重度の捻挫や骨折する事態も考え、テーピングテープなどの腕や脚の固定に役立ちそうなグッズを多少携行し、自力下山の可能性を高める努力をすることにした(つもり)。一晩身動きが取れないことも考えてアルミ保温シートも携行。クマ除け鈴は当然ながら、ラジオ、熊と格闘となったら無いよりはマシだろうと手斧携行も考える。

 あとは、職場を含む自分の周囲に行動予定を事前に明確にしておく。まあこれは単独行じゃなくても必要だけど。

 続いて「装備面に不足は無いか?」という点。実際に不足していたのはゴム長靴。泥濘行進、沢渡りなどが待ち構えている。これは持ち合わせが無いので購入することとした。ヘルメットは必要か?転倒時や転落時に無いより有ったほうが良いが、事前に転倒や転落の危険性が高いと分かるような箇所には挑まないとすれば、今回は必要ないものと判断した。

 さあ、あとは決行日となる。森林軌道という存在であるが故かな、木々の葉が残っている時季に見ておきたい気持ちがある。落葉前の森林では見通しが悪く、細かな遺構を見逃すという可能性や危険箇所を見落とすという可能性も高まるのだが…。10月の好天続き後の都合の付く日かな、と定めたここまでの過程が8月頃のことであった。

 前置きが長くなったが(序章なので許してネ…)、好天が比較的続いたあとの10月14日鉄道の日(これに合わせたつもりではないが)、残っていた最後の夏休み1日を取得して現地へ赴くことにしたのであった。

 いざ三角定義油揚げへ!…ではない今回。

20101014_01

 次回へ続く。(今回の画像これだけかよ…)

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