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October 25, 2010

定義森林軌道跡探訪記:08

 定義森林軌道跡の定義~十里平間を歩き終え、いよいよ「目的の木橋」へ向かう(個人的な)準備は整った。時間は午後1時前。このまま徒歩で向かっても良かったが、帰り道はかなり無駄に時間を要してしまうだろうということで、定義の駐車場まで車道を歩いて戻り、車を拾って来ることにした。

※この探訪記を最初から→こちら(次回予告画像)

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 定義駐車場に戻る途中、大倉川を下流方向に望むと奥に岩山が見える。あの山の懐が絶壁の切通しなどがあったところだ。

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 さらに車道を定義方面に戻ると、例の岩山が目前に迫ってくる。現在の自動車用定義林道の出口の大倉川を挟んだ真向かいに位置する。完全落葉したら軌道跡が確認できるかもしれないなぁ。撮りに来てみようかな。など思いながら歩く。

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 定義に近づき、大倉川を再び渡る。今度は上流側を見てみる。紅葉の見頃まではまだ少し先のようだった。

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 定義の駐車場へ30分強で戻ってきた。それにしてもアスファルト道を歩くのには疲れる鉄芯スパイク仕様のゴム長靴。軌道跡を歩いているときは命も預けた?ピンスパイク故に、あまり文句を言えたもんじゃないが…。なお私は今回軌道跡を歩くに当たり、普通に選ぶならこのサイズというサイズより微妙に小さめのサイズを選んだ。長靴の中の足回りに余裕があると、足場が悪いところ(特に斜面)では踏ん張りが利き難くなりそうだったからだ。今回軌道跡(定義~十里平間)を歩いて、ピンスパイク仕様とサイズを余裕なしジャストフィットにしたことは大正解だったと感じた。ゴム底だったら危険と判断したかもしれない場所(特に第三~第四架橋地点間)もあったし、ブカブカサイズだったら軽快に足を運べなかったような斜面や這い上がり地点もあったからだ。

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 車を拾い、30分強かけて歩いてきた車道を4分で戻り、十里平地区へ右折する。右折してすぐの上画像の辺りだと、軌道敷きは画像右外側の見えないところを走っていたはずである(今は牧草地と化して判別できない)。画像の右側から林が道路に接近してきた辺りから、道路の右側にほぼ並走あるいは道路そのものが軌道敷きであった可能性がかなり高いと思われる。その後、軌道敷きは再び道路から右へ少しずつ逸れ、大倉川沿いの森林内から軌道跡として現れ始めている。1948年に米軍が撮影した航空写真(国土地理院のホムペで検索閲覧できる)で見ると、現在のこの十里平ストレートを3分の2ほど進んだ先から少しずつ川沿いに進路を変えているのが分かる。

1948年米軍撮影航空写真(国土地理院ホームページ)
※航空写真は200dpiで閲覧すると軌道線が明瞭にご覧になれます。大倉川の流れと軌道線の位置関係を、現在の地図に当てはめて見ると車道との位置関係が見えてくると思います。(航空写真の右下側が十里平地区です。)
→十里平地区の地図(Google Map)

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 この十里平、仙台市が「定義ダム」を完成させていたら水没してしまっていたのだろうか。宮城県が推し進めた(後に国の直轄になった)多目的ダム「大倉ダム」案と、仙台市が推し進めた上水道取水ダム「定義ダム」案とが対立した過去の政治問題の舞台である。定義ダムが完成していたとして、この十里平が水没しなかったとしても、これから向かう目的の木橋は水没した可能性が極めて高いんだろうな、という位置に橋はある。

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 さて、十里平ストレートの最奥地に到着。路肩に数台の駐車車両。そのうち一台には帰り支度をしている50歳前後の男性の姿があった。

盃「こんにちはー。」
男「はい、こんにちはー。ドコまで行くんだい?」
盃「この先の橋の袂まで行こうと思ってますー。」
男「それなら今日は何人か(山に)入っているようだし(単独でも)大丈夫だと思うよー。」
盃「ああ、そうですかー。」
男「滝も綺麗に見えてたよー。」
盃「そうですかー。それでは行ってきますー。」
男「クマがよく出てるらしいから気をつけてねー。」

 そんな会話を交わしつつ、歩を進めた。

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 有刺鉄線が張られた区画の間には人が通れるほどの小路が大倉川方向に続いている。ここを進んで行くと…。

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 看板がある泥濘広場に出る。ここはもう軌道跡であり、右側が起点(定義)側ということになる。

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 起点側を見てみるが、藪が酷過ぎて軌道跡がどのように続いて来たのか判然としない。画像に向かって左側に曲がって行っている箇所のはずだが…。まあ今回はこちらに進むのではなく、反転し、看板に向かって左側の方向を向くと…。

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 鉄ゲートが現れる。目的の木橋を目前にした私にとってはさながら「ヘブンズドア」?(笑)だが、このゲートは開けられるものではなかった(開けようともせずに右を回り込んだが)。軌道跡のこの部分に何故ゲートが置かれたのかは定かではない。数年前の画像だと「立入禁止」の看板もあったが今は無い。この先は山菜やキノコ採りに入る人が多いこともあるが、このゲートを通過しないでこの先の軌道跡に入って行けるショートカットコースが杉林内に存在しているため、この場所での立入禁止表示にも意味がなくなってしまっていたのだ。とは言っても、付近のドコにも以前に代わる看板は無い。立入禁止の看板があったのも軌道跡がまだ営林署管轄であった(今も山全体が、かもしれないが)ことを示唆するようなものだが、単にここが山だと考えれば、様々な営林署管轄の山に徒歩入山するのにいちいち営林署に断りを入れて立ち入るハイカーなども居ないだろうし、看板を付け続ける意味も薄らいだのかもしれない。

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 鉄ゲート横に立つ大倉川上流端の石碑。寒風沢との合流点がそれだと示している。大倉川の流れは船形山、楠峰、白髪山、後白髪山などに発し、これらの山々は雨量が極めて多量とされている。大倉川やその支流沿いを歩くときは降雨量、急な増水に注意しなければならないだろう。

→この地点の地図(Google Map)

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 ヘヴンズドア(まだ言ってる)を抜け、軌道跡は単なる山道のように続いている。左の土手や右の崖などには所々に石積みが見られるのだが、藪が酷かったりしてはっきりと確認できない。

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 それなりに岩も軌道跡へ転がってきている。

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 真っ直ぐな掘割が出てくるような光景になると、ああ、軌道跡なんだな、と思えてくる。

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 藪が迫って道が細くなる。左は土手、右は崖。右側は鬱蒼としていて分かり難いが、結構な斜度で落ち込んでいる。

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 木々の隙間から大倉川を見て進む。機関車の運転手もこの風景を眺めただろうか。

 ここで軌道跡の奥から、キノコ採りから帰ってきたらしい男性二人が大きな袋を担いで来るのが見えた。そして道端に「ひぃ~やれやれ」という具合に座り込んだ。休憩らしいが、その場所は軌道敷きにコンクリ路盤らしき痕跡を見ることができる場所。撮影ができないな…と思いつつ、その場所に差し掛かる。60歳くらいの男性と、50歳くらいの男性。

34盃「こんにちはー。」
50男「こんにちはー。(そのカメラは)紅葉かい?」
34盃「いえ、今日はこの先の橋を撮りに行きます。」
60男「あの橋はこの前、落とされたぞ。渡ろうとするヤツが居るからな!」
34盃「そのようですね。最近撮られた写真を見ると形が変わりましたね。」
50男「とるのは写真だけ?」
34盃「ええ、山菜やキノコは詳しくないので。それにしても凄い量のキノコですね!」

 男性二人で、スーパーのビニール大袋にパンパンに詰め込まれたキノコを計4袋。手に持つよりも担がなければならない量だった。

50男「今年はキノコがたくさん出てたね~。」
34盃「どのくらい奥まで行かれたんですか?」
50男「2つ目の…、奥の砂防ダムから沢沿いを2時間くらい登ったところかな。」
34盃「ああ、結構奥のほうまでですね。いっぱい採れてお疲れでしょう?」

 男性二人は嬉しい誤算とでも言うのか、笑顔ではありつつもキノコの詰め込まれた大袋4つを疲労感漂う目でチラリと見たりしていた。

34盃「それでは、行ってきます。お疲れ様でしたー。」
50男「はいどうもー。」

 なんとなく年配のほうの男性が、橋が落とされたことに強く反応したのが印象深かった。昔からの風景が変わってしまったことへの憤りがあるような口調。地元民ならではの反応なのかもしれないな…。

 コンクリの軌道敷きらしきものの撮影は帰り道にし、先へと進む。

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 軌道跡は右にカーブ。その先は泥濘区間になり、やはりここも最低限ゴム長靴は必要そうな場所が続く。

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 抜けてきた泥濘区間と切通し。振り返って撮影。昔から人道程度の道だったならこんな光景は生まれまい。軌道跡故に、フラットに道は切り開かれている。

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 相変わらず左に土手、右に崖が続く軌道跡。軌道跡、時々山道。そんな感じで周囲の様相が繰り返される。

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 周囲が落葉していないから、なんとなく右側にも壁的な存在があるように感じられ、また崖下を流れる大倉川を眺めることもできないこともあるため、ここが比較的高所であるような感覚は薄らぐ。だが、右側の斜面に転げてしまえばほぼ確実に大倉川にダイブしてしまうような場所も多い。その点では気が抜けない道である。

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 そして所々に落石の名残り。

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 そして所々に切通しの跡。

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 小さめの切通しだったが、振り返れば大倉川側(この画像では左)は崖で落ち込んでいたりする。

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 左側の土手付近を進んでいる踏み跡まで迫る路盤崩落部。画像の中心付近に右側から伸びている窪みのような部分があるが、これは崩落箇所の上部末端である。画像の外側右は崖で、この窪みに足を取られたりすれば崖下へ。落ちたら大変なことになる。藪や木の葉が周囲の景色を隠しているせいで、冬枯れの季節以外では何気なく歩いてしまうかもしれない。しかし、紛れも無く断続的に右側は崩落箇所が繰り返されているために、気の抜いた行進はできない。左側の土手を見れば分かるとおり、踏み跡程度の幅しか残っていない区間も所々にある軌道跡となっている。

 さて、もうそろそろだ。一度実際に見ておきたかった例の橋へ近づく。

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