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October 16, 2010

定義森林軌道跡探訪記:01

 幼き頃より慣れ親しんだ地域の山奥に残る森林軌道の木橋を見るべく、まずは起点側から可能な限り軌道跡を辿ってから目的の木橋へ行き着こうと巡礼ルート?を定め、その日を迎えたまでの過程は前回記事を御覧いただくとして…。

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 午前7時半に自宅を出、向かうは定義地区。途中、大倉ダム、大倉湖右岸を通過する。天気は上々、降水確率は午後6時まで0%の予報。気持ちの良い朝となった。

 実はこの大倉ダム、今も残る目的の木橋の存在に一役買っている。そんな話は後々として…。

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 途中何箇所かで撮影のための時間を割きながら到着した定義地区。ここが森林軌道の起点だった場所で、画像から見て右側駐車場敷地が貯木場、奥の左側にもある駐車場敷地が林鉄の(営林署の)管理事務所があったという。今は定義のバス停がある辺りが定義森林軌道の起点だったということになる。

 ここの大きな駐車場に車を停め、身支度を整えて徒歩での単独行軍を開始することになる。一眼レフの撮影機材(交換レンズや三脚等)を詰め込んだザックの重さは事前計量で10kg。そのうち飲料水や食料合わせた1kgちょっとはいずれ自分の体内に取り込まれることを考えたとしても、撮影機材が占める重量比率が圧倒的に多い。

 クマとの格闘戦を想定して携行しようとした手斧は、ウチのどこかに仕舞い忘れてしまったため、結果的に鉈を携行することにした。防御には役立つかもしれないが、勝機は見出せない(見出さなくても回避行動に徹するべきなんだろうな)。

 で、午前8時半に駐車場を出発。

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 駐車場から奥に進むと、雪が多い所だからなのか棒杭の先に路肩標識が刺さっている。既にここは森林軌道跡であり、緩やかな勾配と右へのカーブが往時の様相を残したものとなっている。

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 少し進むとコナラ林の中を道は通る。林鉄廃止後50年。50年前の林鉄の様子を知っていると思わしき比較的大きなコナラの木が多い。

 道は緩やかな蛇行をしながら大倉川右岸へと近付いていき、それと接した崖上を抜けて行く。右手には柱状節理岩盤の名勝地:材木岩が見えるポイントがある。この時季は下草の影響で眺望は良くない。

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 さていよいよ一般車道からオサラバという所で、ヒラ~リヒラ~リと、アサギマダラがお出迎えしてくれた。関東以西に土着するチョウで、北は北海道まで旅をする。しっかりとした撮影機材を持ち合わせている機会に巡り会ったのは初めてだったので、林鉄そっちのけで撮影を試み、タイムロスする(笑)。このチョウは今日の私を何処に誘うのだろうか。50年前への時空の旅だろうか。黄泉の国という別次元への旅に誘われるのだけは避けたい(笑)。今回このチョウ、とにかく頭上をヒラ~リヒラ~リと舞うのだが、これは私が頭に巻いた薄ピンク色のタオルに反応しているようであった。

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 車道は右へと勾配を急にして降りていくところに、左手に車道の入口が見えてくる。こちら側が軌道跡で、今は水道施設への管理道となっている。入口には一般車両の進入を禁止する看板があるが、人の立ち入りを禁止しているわけではない。

→この地点の地図(Google Map)

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 軌道跡に入り、一般車道との分岐点を振り返る。画像中央2本の杉木立の右側にも掘割が進んで来ていて高い木が無く電線が通っているが、こちら側はおそらく旧定義街道を進んできた先(五重塔側の軌道跡の道ではなく、有名なとうふ屋さん前や定義如来脇を抜けた先)の旧道の名残りであろうか。旧道は左手にも名残りがあり、少し下ったところで現在の一般車道と合流しているようである。ここは定義森林軌道では数少ない軌道と街道の交差点であったのかもしれない。

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 水道施設への管理道へと化した軌道跡は、やはり緩やかな勾配で続いていく。軌道に急勾配を設けられない以上、今後ほとんど勾配を感じさせられないような場所が続いていくことになる。歩くには優しい勾配だが、今や泥濘や沢渡り、ガレ場や崖が待ち構えている悪路と化している部分があるのがこの軌道跡。今この画像の時点ではそんな雰囲気を微塵も感じさせないのだが。

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 沢を横切る場所で、その沢下を望む。画像左上に軌道跡である水道施設管理道、右下の沢には石積みが見られる。随分低い位置にあり、また軌道ラインよりも横にずれる位置にあるので、昔この位置に軌道があり橋台として使われていたとは考え難い。ここは以前より築堤で、暗渠で沢を通していたと考えるべきなんだろう。

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 そこから先は緩やかに右へと弧を描きながら、掘割の中を軌道跡は進んでいく。奥へと吸い込まれていくような感覚を抱きつつ歩を進める。

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 緑のトンネルをしばらく歩くと、道は左に折れて勾配を急にしている。軌道としてはその勾配は不自然なので、それが水道施設管理道と軌道跡との分岐のサインとなる。ガードレールが右手にあり、その外側が軌道跡となっていく。

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 カーブミラーのところからガードレール外側を覗き見るとこんな感じに掘割は進んでいて、軌道跡は紛れもない山道へと変貌を遂げている。さて、ここからが悪路であって、いよいよという感じが出てくるところだ。クマ鈴を装着し突入する。

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 突入直後の場所の様子。軌道跡は左にカーブしていく。先程までの水道施設管理道転用部分とは完全に趣は異なってくる。もうここは「かつての道」となっているのだね…。テレビなどの不法投棄が若干見受けられるのは管理道に近いからか。

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 少し進み、左手に太い鋼線が捨てられている場所の右側(画像中央より右)は沢に向かい崩落している。下草が多い今の季節は足元に細心の注意を払わないと、こういった場所を見逃してしまうために危険であろう。「木々の緑が綺麗だねぇ」と上を向いてボケッと歩いていたら、鋼線に見事に足を引っ掛けて崩落部にダイブする。

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 序盤の路肩崩落部は一箇所に止まらない。岩だって転がってきている。今は足場が確保されている程度の軌道跡だが、今から自分が進める一歩で崩落が拡大し滑落したら?ということを考えればキリがない道であることは確かなようだ。

 路肩が崩落しているだけで「危ないから行くべきでない」という人もいるだろう。夢中で駆け回って遊ぶような子供相手になら言って当然の言葉だが、一つ一つの状況判断に基づいて進める大人であれば危険度は少ない状況だ。ボケボケッと歩いてしまう人、子供のようにはしゃぎ回って歩く人、極度の心配性の人は、大人であっても踏み入れないほうが良い。

 まあそもそも山歩きの達人でも、今まで何でもなかった平坦な足元が新規に崩落するような事態になったらオワリなんだけどね。街を歩いていても壁が倒れてきて下敷きになって死んでしまう世の中である。そういう万一のリスクすら回避して生きたいというのであれば一生引き篭もって生きるしかない。

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 軌道跡は掘割の中を進み、足元は泥濘と化す。ゴム長靴でなかったらこの時点で水没ヌタヌタだ。周辺の雨水を集めてしまう地形となってしまっていることも理由だが、水道施設管理道側から側溝が落ち込んでいたりして人為的にも水を流している場所である。まあ足元はズブズブだけど、頭上の緑が綺麗である。冬枯れの季節のほうが遺構や危険箇所の確認はし易いだろうが、木々の葉が緑のうちのほうが気持ち良い雰囲気をプラスαしてくれる。細かな部分の遺構を見逃したとしても、この季節に少しでも歩いておきたかった。

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 軌道跡の泥濘で、倒木に連なって生えるキノコ。こんなのを撮っている余裕があるのは序盤の今のうちだけだったとは、この時点で思うはずが無い(笑)。

 この後、軌道跡は右にカーブして行き、深めの沢谷に向かっていく様相を見せる。いよいよ(昔の)架橋地点が近付くのだな、という思いで進んでいく。

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 沢向かいに続く掘割の軌道跡が見えてくる。送水管らしきものが架けられたところの下にチラリと木造のモノが見え始める。

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 確認できる第一の架橋地点に到着。橋台の上に立ち撮影する。画像には写っていないが足元の橋台と中央の木造橋脚の一部を残して橋梁は崩壊している。もしかすると人の目に付き易い地点の場所であるために、ある程度老朽化が進んだ頃に人為的に落とされた可能性もある。理由は当然ながら人身事故等の防止で。

 辺りを見渡し、沢の下流側(右手)に回り込んで沢へ降りる。

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 沢へ降りたところから架橋地点を見上げる。沢の下流域には橋梁の残骸があちこちに散らばっていた。

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 昭和13年に架けられた橋の残骸、か…。廃止から50年の姿でもある。

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 沢より橋台を見上げる。緑がまだ美しい季節に来たことも幸い、橋台の威容に感慨深いものがある。

 さて、沢からこの先の軌道跡へと上がらなければならないが、人の通る道と言えるものは存在しない。沢で削られた地盤が露出している5mほどの崖が続いているのである。周囲を見渡しても至極当然のルートは無さそうなので、自分の判断でルート選びをする必要が生じた最初の難関である。

 結果、軌道跡からやや右側に水が流れ出ている黒い部分の右側(5枚前の画像の右端部分)が、堆積土砂により斜度が緩み崖と言うより土手に近い状況であったため、ここを足掛かりに登ることにした。

 超蟹股で土手を直進上昇し、背中に10kgのザックを背負い、もうこれぞ這い上がりの境地である。幸い堆積土砂は程好く締まっていて足元を落ち着かせてくれる。が…目線が軌道跡路盤と同じくらいになった頃、最後の一歩分の足場が確保できないことに気付いた。確保できないというのは、私自身の肉体及び経験値から感覚的に想定できる「通常安全な一歩幅」分の足場のことである。堆積土砂は上部で途切れ、削られた地盤が露出。そこに足掛かりは見出せない。

 結局は、こういう高い場所ではあまり多用したくない「ちょっと体に反動を付けた大股一歩」で軌道跡へスルリと飛び込んだのだが、これは同時にここが退却時には使えないルートであることを意味してしまい、もしそうなれば大迂回して沢に別の渡渉ポイントを見出さなければならないということも意味していた。

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 沢の対岸より架橋地点を望む。画像では白トビして分かり難いが、上部の木々の隙間から水道施設が見えている。

→この地点の地図(Google Map)

 さて、退路が無いな。探せばあるんだろうけど…。まずは先に進むしかないか。

※次回更新へ続く。

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