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December 22, 2008

続:埋もれる遺構探訪

20081221_01 先日は送水管隧道建設時の横坑と、岩盤掘り下げ氷池を探訪したが、今回は石垣造りの氷池・氷室跡の探索だ。連日の出動を果たした理由は、天候が良かったから。冬至に最高気温が13℃とか予報される日は滅多に無いだろうし。

 で、今回の目的地は未知の氷池ということなんだけど、直前の親父情報だと、親父がキノコ採りで歩く道、突き当たりの先を真っ直ぐ道無き場所を歩き、聖沢までは到達しない場所だということ。正直言うと、私自身も子供の頃に探検しまくった場所だから、そんなトコに何かあったっけ?という印象なのだが…。とりあえず親父情報の周辺を探索しようとやってきたワケだ。今回は、ホクロ甘党さん同行。

 2日連続での山道アップダウンは、クルマ慣れしている最近のワタシにはキツイ…。でも、不思議と筋肉痛が出なかったのはチャリのお陰?それともトシで明日以降に出てくるか?(笑)

20081221_02 食事をしながら親父情報を脳裏に反復させる。ちなみに今回はシーフードヌードル。

 親父が説明した範囲は非常に限られている。氷池が存在しそうな斜面ではない土地の範囲だ。キノコ採り道から聖沢までの距離が無いため、探索は容易な筈だ。

20081221_03 食事を終え、いざ第三号隧道の奥地へと向かう。あっち方面を歩くのは8年振りくらいだろうか。だがすぐに道無きブッシュへ掻き分け入ることになるのだけれど。

 すぐに親父のキノコ採りルートの突き当たりに到着する。そこから真っ直ぐ道の無いところ、というのでブッシュに入る。だが、真っ直ぐ行けば聖沢が見えてきてしまう。そこで森林内をジグザグに歩きながら、多少は標高の高いほう、第四号隧道のある方向とは逆の方向、つまり奥地の方を探索するが、何一つ建造物は無い。時折、不自然に石が積まれている場所がある程度だが、それも何かの遺構なのかもしれないな…。

 しばらく歩いて、これ以上奥は斜面で望み少なしと判断。引き返すことにしつつ、戻るには目印になる山道方面へ足を向けた。そして、山道のある場所が見えた時だった。

 あ、四角い…。

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 石積みが四角く構築された窪地がある。ここは谷間の沢で山道脇。道無き場所じゃない。そして私は既知の場所なのだ。親父情報の信憑性が問われるが、きっとここのことでは?私は子供の頃から今までここを、第三号隧道直上付近だから水道局の関係か治水関係の石垣だと思い込んでいた。そう言えばいつも、画像で見ると向こう側の山道を歩いていたから、石垣の存在は見ていても四角い形までは気付かなかったよ。それに、第三号隧道はこの辺では既に結構な深さの場所を通っているはずだから、この場所の地表面に水道局が建造物を作る必要性は低いしな…。

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 浅く続く石積み。今思えば確かに、送水管隧道出入口付近に見られる石積みにしては造りが粗い。もし水道局関係だったら表面がほぼ平面になるようにしっかり積まれているだろうし。

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 谷間沢の下流側の位置は一部が崩れている。そうか、谷間の沢をダムのようにせき止めて、氷池は造られていたのか…。そのダムに当たる部分が決壊して浸食が進み、また谷間のような地形へと戻っている最中なのだ。子供の頃は氷池なんて発想も知識も無かったから気にしていなかったよねぇ。

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 さて、この場所が氷池だったとすると、同じように谷間沢をせき止めたような場所が上流部にも点在しているのだ。あまり意識して周辺を観察したことはなかったから、その場所にも石積みなどが残っていないかどうか調べるために、足を向けた。そして、すぐにその場所に辿り着いた。

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 そこにはやはり石積みがあった。そして四角形の場所だった。やっぱり氷池だったんだろうか、ここが。谷間の沢で言うと下流から2つ目になる氷池だ。

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 ここの石積みは比較的しっかり残っている。山道ルートからは結構離れているので、人に荒らされることも少なく眠り続けているのだろう。

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 しっかりと残る石積み。もうこの場所は送水管隧道の直上からは外れている。水道局の建造物である可能性は激低だ。治水関係という可能性も残るが、この周辺での本流は聖沢。こんな名も無き谷間の沢を治水する意義が見当たらない。そう考えれば、親父に教えた伯父の氷池話くらいしか残らない、かな。

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 四角い土地。山奥には不釣合いな空間。

 伯父が生まれたのは戦前で、その頃に八幡町でこの氷池を使って冬季に製氷し、氷室で保管して、町に切り出してきては売っていたという。その氷屋の孫くらいに当たる人が今も商店街に住んでいるが、当人は知らなかったこととかで、この場所を知りたがっているような話を親父の従兄弟が話していたそうだ。ちなみにここは、住所で言うと荒巻になるが、八幡の奥の山、国見の山、放山の奥とか、いろんな言い方ができる場所に位置するところだ。

 で、ここを“弐の氷池”とすると、もう一つ上にも同じような場所があるんだな…。そこも行っておこう。

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 “参の氷池”らしき場所に到着。谷間の沢が底床を掘っているが、明らかに一段低いフラットな窪地なのだ。一番下流の“壱の氷池”や“弐の氷池”のようには石積みが明瞭でない。というか、あるのか?

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 やはり石積みは存在した。かなり埋もれてしまっているが、石積みだ。やはりここも意図的な空間。“参の氷池”だ。だがここ、今回のルートよりも簡単に来れるルートがある場所なのだ。今回は谷越え山越え、時には這い上がって、時には這いつくばって進んできたルートだが、クルマで某地に乗りつけ、そこより仙山線を渡り山道を歩いてくれば、完全二足歩行で到達できる別ルートがあるのだよ…。

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 明瞭な石積みっていってもこのくらい。あとは埋もれるか崩れるかしている。この周辺、どうせならもっと時間をかけて観察してみる価値はありそうだな。

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 決壊した“参の氷池”のダム。向こう側が池。おそらくは昔から排水路だった部分なんだろうけど、管理されなくなって浸食されて幅が広がったりしているのだろう。

 もうそろそろタイムリミットだ。冬至の夕方は早い。もっと上流部を目指すのも面白そうだが、確かこれ以上は平坦な窪地はなかったはずだ。まあいずれまた、だな。引き揚げよう。

20081221_16 谷間沢の水溜りにアメンボを3匹見つける。

 冬至だぞ…。山だぞ…。

 氷池で製氷していた人は、昨今の温暖化を予想していただろうか。これでは真冬でも製氷ってほどのことはできないよな。

20081221_17 さて、2日間に渡った探索も終了。個人的にだが撮影して記録を残そうという目的は達成した。ダブルアーチ&横坑、岩盤氷池の久し振りの探訪、石垣は氷池としての遺構だったことなど、私が認識していなかったことも含め、あらためての感動があった。

 氷池があって氷室の跡がはっきりしないのは残念だ。氷の貯蔵方法にはいろいろあって、小屋式だったら朽ちて残っていないだろう。洞穴式だったら?窪地式だったら?きっと埋もれてしまっているかもしれないな。

 日々進まぬ仕事の悩みも、この2日間の山中行軍で気分転換。歩を進め続けることで気晴らしができた。

 さあ、年末年始の仕事へと突入だ。大晦日も元旦も、例の如く仕事なのだ。

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