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December 31, 2008

近所歩記:国見峠まで

20081230_01 大した内容じゃないですが、年末のちょっとした余暇を散策で過ごしたので。

 まずご近所の交差点。お地蔵さんが祀られている。先日、親父&姉とメシを食う機会があったのだが、その時姉がこの地蔵様を最近になって疱瘡神であることを聞いたという話題が出た。確かに私も子供の頃は、何か不穏な事が起きた現場だろうとか、最近までその類ではなかろうかと思っていたが、数年前に○十○銀行での待ち時間に出会った漫画本で疱瘡神であることを知った。今回はその漫画本の内容に多少沿うように巡ってみようと出掛けているのであります。

 この疱瘡神、その漫画によると、元々は近くの寿徳寺(通称:丸門寺)内にあったらしく、画によると最上源蔵という者の墓があって、最上が痘神(もがみ)になったとか。ともあれ、天然痘なんかが撲滅される以前の話、それこそ昔々に人々が手加減してもらおうと祈りを捧げたに違いない。

20081230_02 で、峠に通じる旧道との分岐点。

 左が旧道、一の坂。クルマは渡れない踏切を過ぎると二の坂となる。右が貝ヶ森団地へ向かう。最近JR仙山線の新駅が出来て、周辺も新しく整備されて新鮮な感じがする。近くの接骨院の駐車場に、時々見かける私の愛車と同じSS製スキッドプレートを装備したジムニーが停まってた。

 余談だが、今回は全行程を歩きはせず、天候悪化も考えられたのでポイント間の移動はクルマで。完全な散歩じゃないなぁ。

20081230_03 貝ヶ森団地に入ってすぐ、山中沼がある。サンチュウヌマなのかサンツヌマなのか定かじゃないけど、仙台藩火薬製造所があった場所だ。

 実は湖畔は生まれて初めて歩いたのだ。子供の頃からウロチョロしている地域なのにねぇ。まあ滅多に来ないところではあったけど。

20081230_04 昔はほんとに沼くらいだったんだろうけど、今は整備されてて良い憩いの場ではないですか。

 のんびり出来そうな場所なのに、今まで来なかったとは勿体ない感じだなぁ。春以降になったらまた来てみよう、と思わされる場所だ。徒歩でも15分掛からんし。

20081230_05 泳ぐカモ。数羽居たけど、人馴れしてそうなヤツも居て、微妙に寄ってくる…。

 火薬製造所の遺構だか石碑があるのだが、今回は探さずに沼を一周して撤収。次のポイントへ向かうためにクルマを取りに戻る。

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20081230_07 クルマで山を登り、国見峠に。で、やっぱり二十年ぶりくらいに来た仏舎利塔。昭和34年に地鎮祭、15年後の昭和49年に完成とのこと。

 正面の仏様。→

 以前は正面、撮影画像の後ろ側(東側)より山の斜面を登ってくる参道があったが、今は草木に埋もれて使われていないようだった。必然的に裏側から入ってくることになる。裏側の出入り口には私がいつも利用するコイン洗車場がある。

 仏舎利塔って、何となく安息の地っていう雰囲気を私は感じる。そう言えばハタチ前、クルマで秋田までいって車中泊したときも、秋田市平和公園の仏舎利塔前に駐車して寝たっけなぁ。

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20081230_08 南側の仏様。

 塔には四方に向けてそれぞれ仏様が安置されている。南向きのこの仏様は、一番輝かしい状態。一番新しいのか、修復されたりしたのかな。

 幸いなことに、仏舎利塔滞在中に限っては上空の雲が少なくなって、青空が広がって、陽射しが出て。

 国見という峠だけあって、伊達藩主たちの御覧場だった素晴らしい眺望も、林が邪魔してほとんど無く。

 ちなみに周辺の道路沿いでも、住宅やマンションで遮られる眺望、といった感が否めないところばっかりになってしまった。

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 西側の仏様に見送られて外に出る。北側には立像が安置されているので、それは行ったときにでも見てもらうとして。

20081230_11 で、仏舎利塔から歩いて数分、弁財天堂へ。実はここも初めて足を踏み入れる。

 詳しくはWikiのページ、河北山臨済院跡を読んでもらうのが一番として、峠手前の急な上り坂脇から、下って行く道が参道である。

20081230_12 参道を下りて行くと、松や杉に囲まれ、一部が住宅地に接した敷地の一角に弁財天堂が建っている。昔大寺院、今廃寺の臨済院。寺は廃れて周囲は閑静な住宅街に。この寺が廃れずにいたのなら、この周辺はどんな風になっていたんだろ。

 手前右に石碑、左に木の囲いがあるが、左の木の囲いは梅田川水源の壱脈泉らしい。

 明治になって臨済院が廃寺となって以降も地域の人々に弁財天堂だけが守られてきたのも、梅田川、水との縁があってこそなのかもしれないなぁ、とか思ったり。

 まさか銭と縁があるから守ろう、というのが第一じゃなかったはずだろうし…。

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 壱脈泉と石碑。

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 弁財天堂。20年くらい前までは茅葺屋根だったとか。

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20081230_16 裏側から。堂の周囲が庭園チックに整備されているのは昔からなのだろうか。

 近くにお稲荷様を祀っている祠(→)を見つけた。道も無い隅にあった。堂の裏手の臨済院跡の広い敷地には、代々の和尚の墓が点在していた。この地には疱瘡神社とやらもあったようなんだけど、これと前出の疱瘡神の存在を結び付けようとする仮説だか考えもあるようだ。

20081230_17 さて、峠道を戻って雷神堂へ立ち寄る。

 前出の仙台藩火薬製造所があったことで、そこでの安全を祈願するために雷神山の頂に建立されたとかいう話。今は住宅地の一角に佇む。落雷とか静電気とかで事故とかもあったのかな、当時。

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 左右に石碑が並ぶ。敷地はとても狭い。ここの前の公園では中学の頃までは遊んでいたっけな。

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 御社の脇にもお稲荷様や石碑が。

20081230_20 というわけで、何てこと無い散策だったのだけれども、生まれ育った身近にもまだまだ未体験ゾーンが散在しているわけで、そういうところに足を向けるような機会を増やしていくのも良いのかな、と思っている昨今。年取った証拠だな(笑)。

 でもまあ、散策するには季節が悪いな今は。ゆっくりと佇んで空気を感じるというか、空間を体感するにはちと寒い。やっぱりこの辺の志向も老いたかも…。

 気が付くと、愛車の足回りがドロドロになっていた。きっと某所の駐車場のせいだろうとは分かったけど、ついこの前に洗車したばっかりだったのに…。しかも融雪剤が撒布された日があったから、アッという間にボディもベトベトなのです…。安ワックスにも失敗したしな…。

 ま、そんな年の瀬。大晦日と元旦は仕事に行きます。

●参考書籍:クレオ君5「天空の町物語《国見編》」伊藤仁/著

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