« ガソリン価格暴落と… | Main | 初雪初積雪の朝 »

November 06, 2008

○○橋?

 先日訪れ、その後もちょくちょく謎解き?のように方々を出歩くこともある青葉区野川地区にある廃橋のこと。本日、私の職場が入っている建物の上層階にある某団体のA様より情報がもたらされることになった。

「あ~盃さん、あの橋ね、分かりました。あの近くに住んでいる私の知り合いに訊いたらっしゃ、『なんだいAさん分かっぺっしゃ、あすくは○○橋だぁ~』って言われてっしゃ、私、分かんねって(笑)」

 え?○○橋?

 どうやら、地元の人々には通称なのか、もしかするとコンクリ橋になる前の旧称なのかと思われる「○○橋」。その「○○」とは個人の姓であり、仙台で旅館業を営んでいた人とのことであり、その人が定義に行くには便利だろうということでかなり昔に架けた(作った?)橋のようなのである。

20081105_02 ○○橋…。

 私がスッキリしない理由。それは削られたような痕跡のある橋の銘板には、○○に相当する文字、または読み替えることができる文字の跡は無いからなのである。辛うじて「專」らしき文字は判読できる。謎は深まることになった。

 この銘板、不可思議な字の配置、字間をしている。「橋」という字を除く文字数は3文字だろうか、4文字だろうか。2文字にしては「專」らしき文字の下にある「弗」らしき断片が邪魔になる。「專」の上の文字は何だろうか?「茸」?なんだろう…。

 下側の字を「專佛」と仮定すると、いわゆる観音様や仏様を紋様に取り入れた煉瓦やタイルみたいな建築材や、壁掛け専用で崇拝に用いる同様のもの(專仏)のことになる。あまりにも宗教的な名前が、この橋の本当の名前を様々な資料から抹消された理由になっているのか…。定義参りと関係があるのか?それとも近隣で專仏が出土したりしたのか?

20081105_03 勝手な推測を始める。

 この橋は、作並街道~大倉村~定義へと向かうルートを確保するために、個人によって架けられ、ルートが開拓された。橋の名を「●●專佛橋」とされたが、地元民を始め人々は個人の姓「○○」で橋の名を呼んだ。その後、自動車が通行できるまでにも新しく架け替えられた橋だったが、旧青下橋ルートの完成よりも先を越された?行政?は、その点と個人名で呼ばれる橋を嫌った。熊ヶ根橋ルートの整備(昭和29年)を境に○○橋ルートは遠回り、急坂崖道であるから避けられ、廃れ、捨てられ、現在に至った。この○○橋と呼ばれた橋の正式名称、公式記録は、行政が立ち遅れた負のシンボルとして、あまり公にされないような現状に至っている。

20081105_04 …勝手な推測オワリ。ま、かなりな当てずっぽう。

 ○○という名の人物と旅館業との接点は、ネットや宮城県百科事典では得られなかった。しかし何となく、後の世の○○は、もしかすると所謂マルボウ関係の人物であった可能性も考えられる気もする。もしそうならば、全国的にマルボウ追放運動が延々と行なわれている現代、この橋の事実は公にできない理由がそこにもある、ということも…。

 ああ、また勝手な推測を進めてしまった…。

 真相は、橋と共に。

 朽ちて。

|

« ガソリン価格暴落と… | Main | 初雪初積雪の朝 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/155453/43022715

Listed below are links to weblogs that reference ○○橋?:

« ガソリン価格暴落と… | Main | 初雪初積雪の朝 »