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October 14, 2008

散策日和~廃橋探訪~

20081013_01 晴れ晴れとしていた体育の日。

 ちょっと起きるのが遅くなってしまった。が、時間は充分にある。とりあえず朝飯と昼飯を兼ねた食事をどうするか。朝マックは終わってしまっている時間。

 じゃ、吉牛。牛丼が明日まで安かったようだ。いつも豚丼派の私だが、たまにはと牛丼を食べた。

 まだまだ紅葉ではないだろうけど、気持ちの良い晴れ間にクルマは山手のほうを向く。ワインディングを駆け抜ける。広瀬川河畔に行くつもりだったけど、時間もあるし、ちょっと足を延ばそう。抜け道主体で辿り着いたのは、大倉ダムであった。遠くの山々の上のほうは、充分に紅葉しているようだから、クルマで行ける中腹のほうは来週あたりが見頃かな?

20081013_02 そう、いきなり余談だけど、車検のために純正に戻していた給排気系を、昨日再セッティングした。

 3年近くでかなり汚れたマフラーを、定番金属磨「ピカール」でキラキラに♪でも、タイコとマグカップは復活したけど、パイプ部分は焼き付き汚れが酷過ぎて、完全復活とはならなかった。でも、いいサ。

20081013_03 ついでに、フランジ接合部もリニューアル。ボルト&ナットをステンレス製新品へ。ガスケットもノンアスタイプではなく、カーボン製へ。

 ジムニーのマフラー交換は、テールランプユニット→リヤバンパーの順に外せば楽チン交換可能。取り外すマフラーのフランジ接合部が固着していなければ、の話。マフラー着脱にも問題がなければ、教えられながらであれば女性にだってできる程度だ。

20081013_04 ということで、中速からの伸びが良くなった愛車にも後押しされて、辿り着いたのは定義山。プチ紅葉がお出迎え。全体的にはまだまだだけれど、数えるほどだけ紅葉している。

 しかし、人が多いなぁ…。でもまあ、通勤のときのバスや地下鉄ほどじゃないから、気にしない。そして、とりあえず歩いて見る、見る、見る。

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 秋の気配が濃厚に。

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 いやいや、もう秋だ。

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 目に付く極一部の紅葉のほとんどが、葉っぱとしてはちょっとボロボロ。でもまあ秋を堪能するには充分でしょ。

 しばらくダラダラ歩いたり、ソフトクリームを所望したり、天気も良くていい運動。くたびれる前に、今日のお目当ての場所に行きますか。そこは、天気の良い日に来て、撮影しておきたかった場所なのだ。

20081013_08 山を降り、国道に出る前に左折する。そして、野川橋のほうへと降りて行く。そして野川橋を渡らずに手前を左折する。すると、右手には広瀬川の河川敷が画像のように広がっている。

 奥に崖が見える。かなり派手な地層が見えているが、その崖の中腹を、左下から右上へ、草木が生い茂った層が横切っている。この斜めの草木の層こそ、その昔は車が登ったとされる廃道なのだ!(怖っ)

20081013_20 衛生業者敷地の前を横切り、薄暗い杉林へと向かって歩く。左手には滝も見える。

 この辺りは広瀬川と里との落差が高く、昔々の川渡りには難儀したようで、この付近はそれでも比較的ラクに川縁に降りられたという少ない場所らしい。先ほどの野川橋は江戸時代から存在した橋だという。その頃は広瀬川を野川と呼んでいたらしい。

 今や河川敷などに来る人と、衛生業者くらいしか利用しないんだろうけど、野川橋は歴史があるんだね。夏には数少ないながらゲンジボタルが見れる。地層もダイナミックな白沢層が見れる。

 で、杉林の中を進んでいくと青下川にブチ当たり…。

20081013_09 それは在った…。

 薄暗い杉林の中、草に埋もれるようにして、廃橋の欄干が左右に現れた。橋の中央は草木が生い茂っていて、下手すりゃ知らない間に川の上に行ってしまう?

 とりあえず橋の表札確認は後回しにして、川縁へ降りる。

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 おおっ、度重なる地震に耐え、崩れずに残っていたか。この橋は、十数年前に偶然見つけた。その時は、名前とかいつの物とか興味はなかった。でも、たまたま前の職場で一緒だった同僚さんの親の実家がこの近辺にあり、この橋はクルマが渡っていたこと、崖を斜めに道路が走っていたことなどを聞いて驚いたことがあったのだ。

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 川まで降りる。橋脚2本。その先は崩落している。つまり、もう渡ることができない橋なのだ。青下川の上流側から見ている。橋の向こうの開けている場所が広瀬川との合流点である。

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 橋の右岸側。橋台はしっかり残っている。橋台はコンクリートと石垣によって作られているようだ。

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 橋の左岸側。左岸側は突入前の景色にもあった崖に面している。増水時は水の逃げ場が無い。それ故なのか、橋台は崩壊し、一部の石垣を残すのみとなっていた。

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 下流側より望む。小さな橋だが、崖を無理矢理に登っていくルートも考えると、生活必需道としても存在したのだろう。その昔はこの青下川左岸(画像対岸)が旧大倉村であり、すぐ下流の大倉川と挟まれた地勢であったことからも、関山街道に出るには橋が必要だったのだろう。

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 腐る欄干。これは下流側。逆の上流側は草木に埋もれ、増水時の浸食によるものなのか、欄干は根元の鉄筋をむき出しにして腐食していた。

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 おそらく表札があると思われる欄干の端が宙に浮いていた。上で迂闊に近付くと落下しかねないなぁ…。

20081013_17 橋の下部を観察し終え、いよいよ表札の確認に向かう。何ていう橋だったかな?いつ頃の橋だったかな?十数年前の記憶が甦らない…。

 橋の直前、下草に埋もれるように、通行止めの看板が存在した。通行止めって言われても、通行できるような道ではない。確かに道は存在するが、草木が多過ぎる。

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 左側。「昭和十一年四月竣工」とあった。今から70年以上前か…。私の両親もギリギリ生まれていないやね。それじゃ、逆側に橋の名前があるのだな。あの、宙に浮いたヤツにだろう。

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 うぉ…。よ、読めない…。耳?専?弔?推測できる字はあれど、どれもこれも完全ではない。何者かが削ったような?痕跡だ。単純に割れ落ちたにしてはピンポイント過ぎる気がする…。残念。誰だよ削ったヤツ。

 一通りの探索を終え、広瀬川の対岸に向かうことにした。芋煮会なんかで訪れる人も多い場所だ。

20081013_21

 川原までクルマで乗り入れることができる。そして、対岸には薄暗い場所に例の橋が見えるのだ。そう、この川原に自転車で来た高校時代、何気に廃橋があるのを発見したのだ。この橋がいつまで原型を留めてくれるのか。そして、多くの人に忘れ去られてしまうのか。

20081013_22 この川原は、今飼っているナマズのギバチを稚魚で拾った場所でもある。あの時と同じように水溜りが無いか歩いてみたが、地形が変わり、エビや小魚が取り残されているような場所はどこにも無かった。

 帰宅して、例の橋のことをネットで調べたが、野川橋の近く、青下川下流、広瀬川合流などキーワードで検索しても、それらしい橋の名は出てこなかった。国土地理院の航空写真では、昭和22年のものではっきりと確認できる橋と崖道。当時は国道48号の熊ヶ根橋は無く、野川橋が関山街道として主要道を担っていた。その時には現役だった例の廃橋。きっと、別ルートができたり、崖道の崩落なんかで短命に終わった橋なのではなかろうか。

 近くの水道記念館とかで名前が判るだろうか?橋の名前を知っている人が居りましたらコメントよろしく。

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